2008年07月14日

もうリンク張るのも面倒臭ぇけど教科書に領土問題を自国の立場で記載するのは当然だろ常識的に考えて。

竹島「領有」表現避ける、韓国に配慮…学習指導要領解説書
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080712-OYT1T00807.htm
(2008/07/13 03:04 読売新聞)



領土問題で配慮とかしてんじゃねぇよ。
馬鹿じゃねえの。
ていうか、馬鹿じゃねぇの。

投稿者 haniwa : 01:09 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月17日

人口は減る。どうやったって減る。増やす必要も無い。

そうなんだよ。
俺はずっと、これが言いたかった。

「地球を使いこなすセンス」が求められる工学
~「ガンダム」の富野由悠季監督らが東京大学で講演

http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/06/16/1121.html
(2008/06/16 15:53 Impress Watch)

「自分の手に入れた技術をどのように統合するか」「我は何をしなければならないかと考えて技術を統合するセンスが必要」であり、社会におけるさまざまな問題を「工学の問題として認識していられる、工学者や経済人がどれだけいるか」と語った。そして少子化に対してもっと人口を増やそうという考え方を批判した。特に、新発明や新発見に比重がかかっているノーベル賞に代表されるような「人類文明は右肩あがりで進んでいく、ニュータイプになっていくぞという思想」が問題だという。特に「地球というシステム」をこれからも持続させていくためにはそれが問題だという。だが制御工学もシステム的なことではなく「目の前のことを一生懸命やっているだけ」だと批判し、「いまのままだと『みんなしんじゃえ』という話」だとトミノ節で語った。「システム工学は循環工学」であり、「政治経済も含めて、物事を循環させるところにもっていかなくてはいけない」という。

「この発言をした途端、石つぶてがとんでくることも承知している」と断りつつ「かつては人が増えることが善、富国強兵だった。その覇権主義がまだ我々の中に息づいているいるのではないか。常識を我々の中で獲得していく術策が必要。実業に関与していく人は、ごく当たり前のことをきちんとしたところに進むべきだと思う」と述べた。

また、少子化問題についても再び言及し、「人口3,000万人以下だったら文化がありえないのか。そんなことはない。人口が半分になるということを危機感ではなく緊張感なのだと思えば良いのではないか。その状況を素直にあるべき形として構築していかなければならない」と述べた。人類が「ニュータイプ」になるための課題だと思えばいいのだという。

御大、流石です。



今、日本の少子高齢化による人口減と労働力不足(=税収不足)を補う為、外国人の日本移住を誘致する移民政策が割とマジで進められている。
大卒の半分が就職できず、完全失業率が消費税率にも迫る一方で、労働力が足りない、外国から人を沢山呼ぼうなどという話は随分と滑稽に思える。

人口とは、増えなければならないものではない。
減ったら減ったで、いいじゃないか。
男女共同参画だか何だか知らないが、訳の分からない処に何兆円も突っ込んで出生率を0.02上げたからってソレが何なんだ。
人口がステイタスを作るのではない。
そんなの中国を見れば解るだろう。

近代人間社会は、生活が豊かになれば子供の数が減るようになってるんだから。
だったら、移民の大量誘致を目論んだり、がむしゃらに産めよ増やせよと唱えるより、人口が減っても上手いこと社会が回るような仕組みを考える方が先だろう!

投稿者 haniwa : 23:25 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月06日

実害はないが、なんて書き出しで評価を下される新法案って何なの?

「青少年ネット規制法」衆院通過 実効性に疑問、厳格化懸念も
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/06/news057.html
(2008/06/06 14:41 ITmedia News)

規制色の薄い内容だから良かったね、という話でもなく。

 そもそも刑法や警察があっても犯罪がなくならないように、法整備を通じて政府が規制を大幅に強化したところで、犯罪が減るかどうかは疑問がある。ネット犯罪やいじめはネットやケータイを介しているとはいえ、結局のところヒトとヒトの間で起こる問題で、官民で協調しながら地道に対応を模索していくことが現実的だ。

規制したい側も、それを厭がる側も、一番分かってなきゃいけない事は、ここ。
イジメにしろ自殺にしろエログロ爆弾テロにしろ、
リアルの課題を放置してネットばかり「どうするどうする」って眺めててもダメってこと。
ウェブサーバから某かのテキストデータを削除した処で、それを書いた人間と、そいつを取り巻く問題が消えて無くなる訳ではないんだよ。

ネットは得体の知れない「パラレルワールド」なんかじゃない。
この世界の誰もがリーチ可能な、現実の拡張領域に過ぎないんだから。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2008年05月29日

地デジ狂想曲

re: 人情噺 ダビング10
http://d.hatena.ne.jp/shibata616/20080528/1211935401
(2008/05/28 ls@usada’s Backyard)


あまりに分かり易過ぎて噴いた。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2008年04月17日

社説で子供の殺害予告ですか、朝日新聞

そんなわきゃないが。
しかし、「ネットいじめ」に警鐘を鳴らしてみたいあまりに筆が滑ったのか、この言い草はどうなのよ、と。

学校裏サイト―いじめの芽を削除しよう
http://www.asahi.com/paper/editorial20080417.html#syasetu2
(2008/04/17 朝日新聞)

※魚拓
http://s04.megalodon.jp/2008-0420-2221-55/www.asahi.com/paper/editorial20080417.html

言うまでもないが、「いじめの芽」とは学校裏サイトなどという定義も胡乱なウェブコンテンツ・・・ではない。
いじめの芽とは、いじめをする子供一人一人の意識に他ならない。

つまり、いじめの芽を「削除」したかったら、いじめる子供を殺すしかない。
でもそんなこと、教育じゃないだろう。

ちょっと思い出してみれば解る事でしょう社説の執筆子よ、貴方が子供の頃(そう学校裏サイトなんて影も形も無かった頃)に、いじめは無かったのですか?

「いいやそれでも今ほど陰湿ではなかった」
とか何とか。
貴方は言いたいかも知れない。

だけどそれは貴方が知らなかっただけで、いじめというのは今も昔も陰湿。
陰口というものがあるでしょう。
キモイ、死ね、殺す、ウザイ・・・
誰が言ったか判らない、そんな悪口は、オフラインでこそ溢れているものですよ。


この陰湿な世界から、どうすれば子供達を守れるか。

答え。
子供を、子供だからという理由で閉ざされた世界に隔離しないことです。

陰湿なのは、ウェブもリアルも同じ事です。
どちらか片方の世界を閉ざすことは、単に子供の逃げ場を潰して回るだけの愚行ですよ。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2008年04月10日

深く静かに同意します、閣下

デーモン小暮 ブロガーに「安易な言葉」への注意促す
http://news.ameba.jp/weblog/2008/04/12723.html
(2008/04/09 10:28 アメーバニュース)

 閣下の意見は「感性」というものは人それぞれであり、芸能や芸術の分野での好き嫌いは十人十色であるというもの。自分の感性に合わなかった作品があったとしても、それは誰かの不手際や不心得によってそうなったわけではないという。
 だからこそ、心の中で「自分の趣味と違う」と思ったり、内輪でその話をすることは構わないが、「気に入らない」ということを不特定多数にアピールすることは、「作品や作者に対して大変な侮辱であり、了見の狭い者、程度の低い者のすることだ」という。

序に言えば、そんな作品を楽しんでいる人達に対する嫌がらせでもあるのよね。
「俺が気に食わない作品を面白がってんじゃねーよ」なんていう事を言う権利は、誰にも無い。

投稿者 haniwa : 01:35 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月22日

UFO談義、馬鹿馬鹿しいと思うから馬鹿馬鹿しい結論しか出てこない

町村官房長官「UFO絶対いると思う」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071218-00000970-san-pol

しょこたん“UFO肯定”の町村官房長官を一喝!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/celebrity/110639/

石破防衛相「UFO対処を頭に入れるべき」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/110934/

UFO対処「検討することに…」 防衛相発言受け空幕長
http://www.asahi.com/politics/update/1221/JJT200712210007.html

「日本はUFO戦略欠如している」 海外での意外な反応

http://www.j-cast.com/2007/12/21014904.html

UFO「私も見たい」石原都知事“参戦”で議論ヒートアップ
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200712/sha2007122200.html

・・・んっとにもう、リンク張る方の身にもなれw

だいたいな。
国防に於いて、UFOの扱いなんてのは信じる信じない以前の問題。

正体不明、国籍不明、目的も不明で武装も不明の飛行物体が領空侵犯したら、そりゃスクランブルするしかあるまいが。
そいつが友好的に振舞うか敵対的に振舞うか、それによって正体不明の相手に対し政府としてどう対応するのか。
つまりは、そういう「普通のお話」だろうが。

宇宙人だとかナスカの地上絵だとかトンチンカンな所突っ込むから、トンチンカンな話に発展するだろうが。
普通に危機管理行政の不備を指摘される問題なんじゃねーの、これ。

「そんな事があるワケ無い!」とか何とか言って、信じていなけりゃ北朝鮮のミサイルは消えて無くなってくれるんですか、って話だよ。
いつまでも寝呆けてんじゃないよ、ったく。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月21日

みんな「判断する責任」というものを簡単に放り投げ過ぎだと思う

そりゃ手に負えない事もあるんだろうけどさ。
だから人に判断を委ねるなら、それでも良いんだけど。
というか、そうした方が良い事も世の中には沢山あるんだけれども。

自ら他人に判断を委ねたのであれば、その結論には素直に従うべきだと思うんだ。

自分の気に入らない判断が示されたからって、現実的な解にソッポを向いてたらしょうがないと思う。
信念があってソッポを向くのであれば、それも構わないけれど。
自ら救いの手を振り払うんだという、その行為が招く結果に対する覚悟はしておいてよね。

貴方達が救いたいと言ってる、その肝心の声無き人々が、振り払った貴方の手の陰で泣いてるかもしれないんだけれどね。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年11月08日

高速歩行者優先原理主義

承前:たった一つの願いだけ 叶うなら

女の歩行スピードの遅さは異常
http://kanasoku.blog82.fc2.com/blog-entry-4136.html
(2007/11/06 カナ速)

これ、以前から言及しようかどうしようかずっと悩んでた話題。
チラ裏日記なんかで適当に書き散らすと、単なる女叩きに終始する可能性があるからなあ。

いや、まあね。
男より遅いのは良いんだよ。
それはもう、仕方ない。
足短いし筋肉も弱いんだから、生物学的にな。
それにちゃんと歩き方分かってる女は、それなりに速く歩けるし、男の邪魔になんかならないもんだよ。

より正確に指摘すると、問題なのは、トロいくせに振舞い方がなってない女。
要は、自覚と社会性の問題だ。

あと、なんぼ女が邪魔臭いからって、ルール上、自転車や自動車の男が偉そうに歩行者へ文句垂れるのはダメだろう。
そこは間違えちゃいけない。

しかしまあ、それはそれとしても、確かに、最近の女の遅さは異常。
何とかならんかねー

─トロいくせに、人の前へ割り込んでくる女、いるよね。
信号待ち、踏み切り待ち、電車・バスの乗降口付近・・・
歩き出しが遅いから、移動が始まってすぐ後ろが詰まる。
お前トロいんだから、後ろすっこんでろよ、と。
わざわざ、先頭車両の一番前の乗降口の真ん前に陣取ってんじゃねぇよ、と。
何のために女性優先車両が一番後ろに付いてると思ってんだ、と。
ほんと、ノロい女性は自覚してください。
スピード上げろなんて無理は強いないから。
邪魔にならないよう社会的に生活して下さい。

─女ってちっこいから、ちょっとした隙間を見付けてはスルっと割り込んでくるよね。
ソコは、お前の為に空けてんじゃねぇよ!って事が、しばしば。
人と人との間には、保つべき間合いってのがあるの!
それで靴が当たったからって、舌打ちしてんじゃねぇよ!
お前の方がぶつかってきてんの!
俺は一歩も動いてねぇ!

─女って周辺の人間を置物同様にしか見てないよね。
動いてても、止まってても、そんなの関係ねぇ、て感じで。
混んでる所では、相手構わず黙って押す。
相手は置物(ただの障害物)だから、「失礼します」とか「ちょっと済みません」なんて声は掛けない。
黙って押せば、そこが空くと思ってる。
押し返されるか叱られて初めて、相手が人間だと気付く。
そん時は大抵、物凄く意外な顔をしている。
いや、お前、やってる事凄い失礼だからね?
何なんですかアンタみたいな顔してねーで謝れよ!

─女って、歩くのはトロいけど、その分注意深いかというと全然そんな事無いよね。
行きたい方に行きたい時真っ直ぐ進む。
自分が自転車だろうが車だろうが、そんなの関係ねぇ、て感じで。
俺は今まで何度か自転車にハネられてるけど、夜間無灯火・前方不注意の男子高校生一人を除いて相手はみんな女。
しかも昼間、こっちが見えてんのに突っ込んできたヤツばかり。
高校生の時は俺も自転車で「避ける暇も無かった」って感じだったけど、ぶつかって来た女はみんな、俺の回避待ち。
横着してんじゃねぇぇえ!

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月24日

県民感情の賞味期限

【正論】集団自決と検定 拓殖大学教授・藤岡信勝 “トリック報道”で世論誘導
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071024/edc0710240315000-n1.htm
(2007/10/24 04:06 産経ニュース)

この件、経てば経つほど「従軍慰安婦問題」と展開が似て来るなあ
と思ってたら、やっぱり突っ込まれた。

十年後二十年後の子供達に、
「アンタら一体、何してくれてんの」
と罵られたくなかったら、横着しないで決着さしといた方が良いんでないかい。

その時々の感情で歴史を弄くると、ロクな事無いって。
確かに、票は感情で動くかもしれないけれど、それだって賞味期限のある代物なんだから。
記録された歴史に賞味期限は無いよ。
それはいつも、お隣さんがよく証明し(続け)てくれてるでしょうが。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月23日

子供と犬は騒がしいのがデフォルトでしょ

子供の声「騒音」の時代、自治体への苦情増加
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071022i1w5.htm
(2007/10/22 14:39 読売新聞)

泣いたり笑ったり騒いだり、それが仕事だもの。
学校ではそれが当たり前。
五月蝿くたって、いいじゃないの。
「口でクソたれる前と後ろでサーと言え」な海兵隊じゃないんだから。

どうも、学校以外の公共施設や、他人の私有地で騒ぎまくる中学・高校生ぐらいのDQNとゴッチャにして考えてんじゃないのかと。
そこはしっかり別けて考えようぜ、と。

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2007年10月15日

たった一つの願いだけ 叶うなら

俺の傍に 寄らないで

履いたら乗るな 満員電車
乗るなら履くな ハイヒール

投稿者 haniwa : 12:00 | コメント (0) | トラックバック

2007年10月05日

「でもそんなの関係ねぇ」とは言えないんじゃねえのか?

海自の給油活動継続について、どうやら風向きが怪しい。
真っ当に考えれば止められる訳無い事なのに、どうしてこんな風に話が拗れるんだろう?

ちょっとここらで一つ、心に留め置く必要がある事を思い起こしてみたい。

【やばいぞ日本】第3部 心棒を欠いている
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/070927/plc0709270844030-n1.htm
(2007/09/27 08:44 産経ニュース)

日本のタンカーをテロから守って戦死した米軍兵士に哀悼の意を
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1072.html
(2007/09/30 草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN)

言うまでもないが、日本はエネルギー消費の激しい国だ。
にも関わらず、原子力を除き自前で生産できる資源は無いに等しい。

日本の動脈とも言えるタンカーを自衛隊が守れないどころか、多国籍軍の庇護も受けられないとなれば、どうなるか。
このまま小沢が政局ばかりに目を向け、実質的な議論を避けて突っ張れば突っ張るほど、日本の安全と国益が損なわれていく。

もっと具体的に厭らしい話をすれば、この冬みんなが使う灯油や、年中世話になっているガソリンの値段が、またぞろ上がる事にもなるわけだ。
(と、洋上で散るかもしれない命より、身近な金の話にしてしまった方が理解を得られやすいと考えるのは情けない話だが)

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2007年10月03日

あまり多くは語りたくないのだが、誰も救われないし

沖縄県民、と言ってしまって良いのかも迷うが、彼らは既にある種の物語の中でしか生きられないようになっている。
だから、少々突飛な事を言っているからといって、あまり指弾し難いところもある。

ただ、従軍慰安婦問題の時と同じ愚は犯さないで欲しいと切に願う。

【産経抄】10月3日
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071003/edc0710030254001-n1.htm
(2007/10/03 02:54 MSN産経ニュース)

【主張】教科書検定 政治介入排し事実正確に
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071003/edc0710030255002-n1.htm
(2007/10/03 02:55 MSN産経ニュース)

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2007年10月01日

沖縄集団自決 重要なのは「事実」であって「感情」ではない

当たり前のことだが、「気持ち」で学問は動かない。
動かせると錯覚する事もあるか知れないが、それはやってはいけない事だ。
歴史教科書の場合だって、例外ではない。
それが冷徹な選択であっても、記憶に楔打つ行為であっても。

語弊を恐れず言ってしまえば、沖縄県民の「気持ち」などは二の次であるべきだ。
学術的事案に関しては。

県民の気持ちで歴史が書き換えられるような事など、あってはならない。
県民の気持ちを忖度して政治が歴史に手を突っ込むなど、許されない事だ。

無論、沖縄県民の感情に配慮すべき場面というのは、ある。

沖縄だけではない。
広島も、長崎も。
東京だって名古屋だって福岡だって、そうだ。
その土地土地に悲劇の歴史というのは、ある。
決して小さくは無いものが、必ずある。

そんな土地で、政治的に配慮すべき場面というのは、あるだろう。
だが、今回の歴史教科書検定問題。
これは感情に配慮すべき場面ではない。
自ら言っているではないか。
重要なのは事実(FACT)なのだ。

──広島や長崎でもそうだが平和問題が絡む集会をやると、だいたい近隣の高校から、そこそこ見目麗しい学徒が男子女子ペアで動員される。
そして、感情たっぷりに暗記原稿を読み上げる。
大抵、このフレーズが入る。

「あの悲惨な戦争」

だが、子供達が「あの」という戦争を、戦った者はもはや一握りもいまい。
年端も行かぬ子供に「あの戦争」と、さも見てきた風に言わせる事が、平和教育なのだろうか。
我々が知る戦争は既に、物語の中にしかない。
それは認めざるを得ない事だ。

沖縄の県民大会で子供らが「あの醜い戦争」と言った「真実の歴史」は、それ自体が既に物語なのだ。
決して全てが嘘ではない。
体験した事も語り継がれた事も混ざっている。
だが全てが事実でもない。
知らない事も忘れた事も隠された事も混ざっている。
そういう物語。

そして今回、沖縄県民にはどうしても承服し難いのだろうが、
「貴方達の信じる物語はファクトじゃないよ」
と、言われてしまったわけだ。
学術的に。

そういうアプローチがあった時に、認めたくないのだとしたら、じゃあ沖縄県民のするべき事は何なのか。
「県民の怒り」を振りかざす事なのか。
文科省に「ふざけるな!」と感情をぶつける事なのか。

違うだろう。

「日本軍の関与がなければあのような惨事は起こらなかった、と結論づける事実は山積している」ならば、その山積した事実とやらを粛々と提示すべきなのではないか。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月19日

あらまあ、アニメ受難

例の父親殺しで、アニメSchool days最終回が放送中止の憂き目に・・・
という話。

まあ、なんというか確かに酷い仕打ちではあるけれども。
言わせて貰えば、あの伝説のテレ東版カウボーイビバップをリアルタイムに体験した者としては、この程度、まだまだだね。
どうせ半年後くらいに、どっかで再放送するさ。
耐えて待て。



にしてもアニメですらこんな有様では、江戸川乱歩や横溝正史の立つ瀬が無いな。

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2007年09月14日

いや、もうなんちゅーか今の歪んだ麻生人気

アホちゃうか、と。(笑

まんだらけが急反落、麻生関連銘柄は軒並み安
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read?f=200709131541
(2007/09/13 15:41 Technobahn)

今の麻生人気って、なあんかズレてんだよなあ。
マスコミは無闇にアキバと絡めてクローズアップしてるし、一部それに乗っかってはしゃいでる子供がいるみたいだけど。
「アキバ発の麻生ブーム」なんて、来てないから別に。
あんな狭い世界のオタクにウケたからって、ブームなワケあるかいアホらしい。
捏造しないように。

ウソだと思ったら、周りの女に訊いてみろ。
ビックリするぐらい、麻生嫌いが多いから。

そう、女は麻生が「嫌い」なんだよ。
「顔が嫌い」「喋り方が嫌い」「なんか悪そう」「口が曲がってる」 etc...
政策批判とかじゃねえの。
人格批判ですらねえ。
顔の好き嫌いレベルで、「麻生はナシ」なんだとさ。

それが、政治に関心の無い大多数の女の通常思考。
世界の半分が嫌ってるのに、ブームなんか来てるワケないだろ。
浮かれんな。

第一、今頃になって無邪気に麻生を支持してるネットワーカーやオタク連中なんて、以前は彼を叩いてたクチじゃねえのか?

大きな声では言わなかったけど、こちとら小泉純一郎が初めて自民党総裁になる前から麻生支持だっての。
覚えてるんだぞ、俺は。
あの時みんながどんだけ麻生を嫌ってたかを。
ネットに溢れてたのは、今の女達と少しも変わらないレベルの批判ばかりだったじゃねえか。
「顔が嫌い」「喋り方が嫌い」「なんか悪そう」「口が曲がってる」 etc...

一票しか入んなかったんだぜ、あん時。
あの亀井より票取れなかったんだから。

そんな麻生が、ちょっとオタク趣味あるのを知ったからって、まるで自分達の絶対無比な代弁者が如く祭り上げやがって。
次期総理大臣になったとしても、そうそうオタクの都合良い政策ばっかやるワケ無いだろうが。
政治家には、立場に応じた仮面ってのがあるんだよ。
安倍だって小泉だって、そうだったろうが。

この際ハッキリ予言しといてやる。
仮令麻生が圧倒的な地方票を受けて総理になったとしても、一年後には支持率が半減しているだろう。
ついでに、今浮かれている連中も早晩絶望する事になるだろう。
勝手に期待して勝手に失望し、ギャーギャー見苦しく喚く奴等が、きっと其処彼処で見られる事だろうよ。



それでも俺は、きっと麻生を支持しているだろうけどな。

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2007年09月12日

嫌だよ!こんなの、やれるわけないよ!

と、本人が言ったかどうか定かではないが
「辞めるのならば早くしろ。でなければ帰れ」
と方々から散々な言われようだった安倍総理が、とうとう辞任。
まあ、以前から一部で言われてたように健康不安もあったようだが。

色んな人が適当に非難してるけどね。
俺はね。
国民投票法を通しただけでも、彼を大いに評価して良いと思うよ。

なんせ戦後60年間ずっと、憲法自体に改正手続きが定められていながら、国民の手には実効的権利が用意されていなかった、なんていうフザケた状態に終止符を打った宰相だったわけだから。
ある意味、戦後世代である安倍晋三でしか成し得ない仕事だったのかも知れないが。

戦後の宰相全てが逃げ続けてきた国民の権利、その大元の問題と真正面から向き合った彼の事を、みんなもっと褒めてあげようよ。
ていうか少しは感謝しておけよ。

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2007年09月11日

あんまりややこしく考える必要もなさそうな武道の必修化と憲法問題

武道の必修化ってちゃんと憲法問題を考えたのかね?
http://blog.sakichan.org/ja/2007/09/07/budo_vs_human_rights
(2007/09/07 01:25:38 崎山伸夫のBlog)

教育と武道と信教の自由って問題は、別に降って沸いたワケでもなく割と普通にそこらに転がっていて、んで実際の信者さん達は割と普通に妥協なり回避なり代替手段なりでもって、自ら問題解決している。
当の本人が自覚持ってやってんだから。

俺のクラスにもいたけどね、エホバの人。
普通に見学してリポート出して、体育祭の騎馬戦にも出ずに、すんなり卒業してったよ。
実態として、そんなもんでしょ。

信教の自由ってのは、個別の信教について国家が手取り足取りソリューション提供してやる事ではないよ。
武道を拒否する宗教があるように、「算術を学ぶ事は神への冒涜」とかいう教義の宗教があったら、どうする?
義務教育から算数を省くかい?

表現の自由や学問の自由とかと一緒。
「精神的自由権」は、単に国家からの違法な命令・強制・侵害・干渉を受けない事が保障されている、というだけ。
保障されているんだから、やりたくなきゃあ、やんなきゃいいの。
それで不当に不利益を被る事さえなければいいの。

憲法の規定ってのは、そうやって信教の自由を実効的に確保するのが目的なんだから、そもそも教育と宗教を厳密に分離する必要も無い。
だから、別に教育現場に武道が入り込んだって、何も問題ないよ。
少なくとも憲法上は。


もっとも、教育現場で武道に何を求めるのやら、という疑問は別の話としてある。
内田樹氏の示した懸念は、教育または武道に携わる人なら一考するべきだろう。
(但し、あまり余計な事まで考え過ぎない方が良い、という気もする)

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2007年09月10日

日本国憲法第98条2項

日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

では遵守するにあたり、これが現行国内法と矛盾する場合は、どうするか?




答え。
国内法を改正するんです。

つまり条約や国際法規は国内法に優先するということ。

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2007年09月08日

子供が叱られた時、まず庇おうとするのは親か、さもなくば子供

子供を叱って何が悪いか!
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20070907
(2007/09/07 猫を償うに猫をもってせよ)

んーにゃ何も悪くねぇよ、とマジレスするのも何だかなあだ。

要するに、その31,2と思しい男とやらも子供だったってだけの話だ。
自分自身が子供だから子供を叱れなかった。
見て見ぬ振りをするしかない。
叱る根拠が無いから。
根拠が無いという事は、能力が無いという事である。

だが自称オトナは「能力が無いから何もしない」という回答を認めない。
オトナは無能じゃ許されないから。
だから今度は理由を探す。
そこで「いい大人は子供に怒らない」というフィクションをでっち上げる。

そう、コドモに怒るのは悪いこと。
だからナニもしない、全力でスルーするのが正しい選択。
オレ正しい。

プーさん宜しく「”何もしない”をしてるんだよ」。
それでOKのはずだった。
ところが自分の目の前で、正真正銘の大人が子供を叱ってしまった。

マズイ。じゃあせっかく見て見ぬフリした今のオレは、ナンなんだ。
オトナのフリしてるのがバレちまうじゃないか。

─そこで他人に物語を押し付けるわけだ。

「コドモにオコってどうすんの」
アンタバカぁ?空気読みなさいよ!
そこはダマってスルーするのがイマドキのオトナなの!



─こういうの、何ていうんだっけ。
中二病?

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2007年09月03日

さがしてごらん

さがしてごらん あなたのまわり

ちいさな ちいさな おとしもの

どんなひとでも きっとみつかる

ちいさな ちいさな さがしもの


みつめてごらん いつものみちで

あさのこかげを ゆうひのかげを

いつでもそばに きっとみつかる

ちいさな ちいさな さがしもの


のぞいてごらん あのこのあしもと

ながぐつのした みずたまりのなか

ひとみのそばを ちらり ふわり

ちいさくひかる おとしもの


さがしてごらん あしたもきっと

あなたのまえに あなたのせなかに

きっとみつかる ひとつ ふたつ

しろくて ちいさな

たばこのすいがら

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2007年08月30日

医者を虐げてマトモな医療を受けられると思うなよ

奈良県の医療情報、空きベッドあるのに「受け入れ不能」
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200708300033.html
(2007/08/30 朝日新聞)

 午前9時半と午後6時には、県から委託を受けた県医師会職員らが、情報が更新されていない病院に督促の電話をかける仕組みだ。だが、リアルタイムに情報更新されないため、必ずしも実態が反映されていない。

当たり前やがな。
四六時中職員が走り回ってる現場で、誰が更新すると思ってんの。

>奈良県で妊婦の県外搬送が常態化している一因
になっているのは、別に検索システムの機能不全じゃないでしょ。
むしろどうでもいい課題じゃないのソレ。
バスの路線検索じゃないんだからさ。

産科医療に携わる人間が圧倒的に足りないのが第一因でしょ。
しかも今携わっている人間はどんどん疲弊して、力尽きた者から逃げていってる。
歯科医師は余る一方で、新たな産科医は成り手が無い。

マスコミは解ってるんだろ?
医療従事者バッシングを主導し、一地域の産科医療を壊滅せしめた張本人が、まだ問題の論点を逸らして誰かを叩こうっていうの?

医療従事者を法的に保護する仕組みを作ろう、そうした方が結局のところ患者の利益にもなるって声が、どうしてマスコミから出てこないのか不思議。
患者の声も医者の声も、直に沢山聞いてきたはずじゃないの?

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2007年08月27日

大事な一言をサボろうとする人々

「件名なし」のメールを「常識」とする若者たち
http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=2621
(2007/08/27 07:06:00 FPN)

確かに、あるね。
若者に限った事じゃないとは思うけど、確かに「言いたい事」だけ言って要件を言わない人が多い。
「言いたい事」すら満足に言語化しない人も多い。

俺も、とあるインフォメーションを運営した事がある。
「言いたい事は解ったけど、返事のしようがない人」とか
「何をして欲しいのかは解るけど、何についてなのか判らない人」とか
「ダメだっつってんのに要求してくる人」とか
ほのめかしメソッドとか、そんなレベルじゃねーぞ、と。

で、これってメールだけじゃないよね。
電話、手紙、申し込み用紙、関係ない。

その場に居合わせた生身の人間同士だって、そう。
面と向かって、大事なことを言わない。
で、黙ってても解ってもらえると思ってる。
自分の意思ひとつで要求を押し通せると思ってる。

例えば、ちょっと混んだ電車やバスで。
前の人の背中を、黙って押す奴がいる。
「失礼します」とか「ちょっと通ります」とか「空けて下さい」とか、言えよ。

何故、そのたった一言をサボろうとするか。

例えば、大勢の人が行き交う歩道で。
真対抗から歩いてくる人がいると、わざと余所見した上で真っ直ぐ突っ込む奴がいる。
目を見るか挨拶するか先に避けるか、どれかにしろよ。

何故、他人を無視して押し退けようとするか。

横着なんだよ、要するに。
横着者が増えたんだ。

そして横着な大人というのは、真っ当に評価されないという事を、子供のうちからよく覚悟しておくべきだ。

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2007年08月10日

別にクールビズは良いと思うんだけど、さ

制服の子に悪い…クールビズ廃止、西岡議運委長が突然提案
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070809i313.htm
(2007/08/09 20:14 読売新聞)

民主西岡議員のクールビズ中止案総スカン
http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070810-239426.html
(2007/08/10 09:12 ニッカンスポーツ)

ま、コレについては、やりたきゃやればいいじゃない程度の関心しか無いんだけども、関連して。

今年は特に早くから蒸し暑いせいで、ウチの会社でも特に規定があるわけじゃないのに済し崩し的にクールビズが始まっていたりする。
街を歩けば、フツーにノーネクタイのサラリーマンが朝から晩まで闊歩している。

それも別に構わないんだけど、中には確かに見苦しい格好といえる人もいて、ノーネクタイではない若造の一人としては、ちょっと、眉を顰めたくなる場面も多々。

あのな、ノーネクタイは別に良いんだよ。
涼しい格好するのも良いの。
一緒に仕事するにも、涼しい格好の方が見る方も暑苦しくなくて、助かる。

でもな、ネクタイを締めるような格好というのは、元々、
「きちんと整えた身なりで公共の場へ出たり仕事したりする事が前提の衣服」だろ?
それを崩してだらしない格好に見えたら、本末転倒だと思うんだが。
日本人にネクタイは似合わないんだよ、とかそういう問題じゃねーだろ。
後付けの言い訳してんじゃねぇよ。

そうまでして涼しい格好をしたかったら、いっそ最初からTシャツにジーパンでも着てれば良いじゃないか。
実際いるよ、ウチの会社にもそういう人。
別に文句言われてないよ。
自然だし見苦しくないから。

仕事柄それは行き過ぎだとか思う人でも、ゴルフウェアみたいなものとか、他にも礼節を重んじつつ涼やかに動きやすい格好って、あるじゃないか。
宅配便の兄ちゃん達が着てる制服とか最高じゃないか。

なのにどうして、整えて着る事が前提の衣服を崩して着るんだよ。
高校デビューのチンピラか、お前等は。
それで「クールビズです」っつーて得々として、クーラーの温度28度に上げて、それも午後六時で止めたりして首筋にダラダラ脂汗たらして接客して、バカじゃないの。

てな事を言ってもきっと、
「誰にも迷惑かけてないんだから、いーじゃん」
とか中学生みたいな事言うんだろうけどさ。

SOHOやってろよ厨房。

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2007年07月08日

メメント・モリ

「エホバの証人」信者の妊婦を「見殺し」にしてよかったのか?
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/yuketsukyohi.htm
(2007/07/01 Doctor’s Ink)

いきなり結論めいた事を言うのも何だが、「見殺しにしてよい」と思う。

いや、それは医者に気分次第や状況次第やその場の流れや自分自身の主義主張や約束なんかで人の命を見殺しにしろとか見殺しにする権利があるとか言ってるんじゃなくて。
はたまた患者の意志やら信仰やらを確認したり尊重したり説明したり同意を得たりする義務があるとか無いとか判例があるとかそういう事でもなくて。
「見殺しにしても赦されるべき」
ということ。

医師は如何なる行いについても最大限、法的に保護されるべきだ。
それはつまり、「見捨てる」のとは逆に、患者の意志に背いて医療行為を行った場合でも、医師は責められるべきではないという事。
俺は思う。
最高裁の判断は、法的には正しいのだろうが人道的には間違っている。
(あまりこういう言い回し好きではないが)

人は死に場所を選べない。
だが、選べる事もある。
人は死に方を選べない。
だが、選べる事もある。
選べるのは自分の美意識と周りの努力の結果であって、権利じゃない。

己の美意識は己で守れ。
守り切れなかったなら、それは自分の努力が足りなかった所為だ。
或いは、運が無かっただけかも知れない。

他人に「命を見殺しにする事」を強いてまで、己の信仰を守りたいと。
そう強く願うなら、それは己が死ぬ前に理解を得る努力をすべきだった。
死は常に傍らに在る。
その事を忘れて、死の美学は成立し得ない。

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2007年06月22日

Are you provoking the fight to the Japanese?

「イオウジマ」を返せ 呼称変更、米で困惑「歴史書き換え」!?
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/58440/
(2007/06/22 15:09 産経新聞 イザ!)

Scamp it.

Otherwise, we despise you.

We have big anger for you.

And, you will lose the justice, freedom, and trust.



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2007年06月15日

どんだけ、何?

もう全く自分の好き嫌いに属する問題なのだが、
最近、方々でよく聞く
「どんだけ?」
というツッコミ(なのか何なのか)が嫌いだ。

言葉の向けられた相手や状況に否定的な印象のものばかり聞いたから、というのもあるだろうが、述語を為さない副詞だけ聞かされても、何か気味が悪い。

何も指摘しない。何も主張しない。
曖昧模糊な異議の申し立て表明。
続かない。
その切れ端は、受け止め切れない。

使う方は使い勝手良いんだろうな。
頭の中を纏めなくても、とりあえず投げ付けられるから、便利だ。
多分、言いながら、二の句は自分でも精緻に言語化できてないだろう。

だから、そんな切れッ端の言葉を聞くと、逆に尋ねたくなる。
「どんだけ、何よ」と。

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2007年06月12日

まあ、オヤジなんてキモくてナンボですよ

別に何があったワケでもなく・・・
いや本当に、別に登下校中の女子高生から突然「オッサン、キモッ」とか理不尽な罵倒を受けたとかそういうんでは決してなく、唐突に思っただけなんだけど。

オッサンなんてのは、まあキモがられてナンボではないかと。
もちっと正確に言うなら、子供には嫌われなきゃ一人前のオッサンではないと。
根拠は無いけどね、そういう確信みたいなものは、ある。

子供に好かれる、というか、子供が無批判に懐くオッサンというのは、要するに御し易い大人だ。
正直、自分がそうだったという自覚もある。
そん時の自分自身のガキっぷりは、思い出すに腹が立つ・・・という程でもないが、まあ、やはり黒歴史にしてしまいたい類の醜態は晒していたと思う。

んで、そういう隙だらけのオッサンてのは・・・
と書こうとしてBackspace連打だが、まあ、要するにね。

キモいオッサンども、落ち込むな、と。
キモいキモい言われ始めてから咲く花もあるぜ、と。

それはもしかしてラフレシアみたいなんかも知れないけれども。

あとね、どーしても、うら若きおなごの「キモい」が気になるようだったらね。
キモい=「気持ち悪い」じゃなくて、

キモい=「気持ち良い」の略

だと思って御覧。
レッツ脳内変換。

ほら、幸せでしょ?
これ、内緒だよ。

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2007年06月11日

人が美しいと思うものを

美しいと思えない時に、何故彼らは
「それは醜い」と
正直に言わないのだろう。

美しくないものを言い表す日本語は、ちゃんとある。
何故、はっきり「醜い」と言わない?

「美しい」という言葉を使って人の言葉を腐す事は、美しいという言葉そのものを貶める事でもある。

そうやって誰かを醜いものに仕立て上げた所で、貴方は美しく在れるのですか。

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2007年05月13日

1998年6月 『カウボーイビバップ』テレビ東京版最終話 "第十三回 Session XX 「よせあつめブルース」" Bパートより

承前:1998年6月 『カウボーイビバップ』テレビ東京版最終話 "第十三回 Session XX 「よせあつめブルース」" Aパートより


(テロップ)

Part 10
「シュガー・マウンテン」


(Monologue: スパイク)
赤ん坊に甘いものばかり食わせると、そればかり欲しがって、肝心の栄養のある食事を受け付けなくなるそうだ。
やはり、砂糖菓子のようなものこそが有毒だ。
別に食いモンだけの話をしてるんじゃない。
世の中砂糖菓子でいっぱいだ。
そんなモノばかり見てたら、脳が腐ってヨーグルトになっちまうぜえ。

(テロップ)
Part 11
「チェイン・オブ・フールズ」


(Monologue: ジェット)
いやあ、料理ってのは奥が深い。
闇雲に味を付ければ良いってモンじゃねえ。
愚かな人間は矢鱈に味を付けまくり、牛肉だか鶏肉だか判らんような料理にしちまう。
そういう人間は、中華鍋を持つべきじゃない。
元の素材ならではの味、つまり、牛肉なら、牛肉のオリジナリティを活かしてやらねえと、牛肉も悲しむってモンだ。

フェイ「働かざる者食うべからず。自分の餌は自分で確保しなさい。アタシは良いの。女は生きてるだけで偉いんだから」

(テロップ)
Part 12
「ドゥ・イット・ユアセルフ」


(Monologue: フェイ)
自分の事は、人に頼らず自分でやる。
誰に教わったのか知んないけど、いつからかそんな風に思うようになったわ。
別に大層な事じゃないけど、人に頼られて、それに応えられないのも厭だし、仮令応えられたとしても、それがホントにその人の為?とか思っちゃうし。
結局、自分の運は、自分で掴まないとね。

ジェット「女はスグ裏切るが、男は義理に生きるモンだ」
フェイ「義理ねぇ」
ジェット「俺はそう信じたいねえ」

(テロップ)
Part 13
「イフ・シックス・ワズ・ナイン」


(Monologue: スパイク)
あらゆるモノを疑ってかかること。
それが重要だ。
情報なんて所詮は情報。
テレビで言ってる事が真実なんて思ったら大間違いだ。
自分の目を見開いて、耳をかっぽじって世界を見聞きする事。
そして自分の脳を使って考える事。
全てを疑い尽くした後にこそ、何かを本当に信じる事が可能なんだ。
そう、信じる為に全てを疑うんだ。

ジェット「難しいどころの話じゃない。そんなの無理だ。バットも持たずに野球をやるようなモンだ・・・おい、スパイク!」
スパイク「そういうのが好きなんだよ、俺は」

(テロップ)
Part 14
「アメイジング・グレイス」


(Monologue: ジェット)
賞金稼ぎの良い所は、ルールが無いって所だ。
賞金首を捕まえるのに、こうしなきゃいけない、という決まりなんて何処にも存在しないんだ。
だが好き勝手な事をやると途端に文句を言われたり、それはルール違反だと怒られたりする。
奴らは、この世界のルールに従って生きてるつもりなんだが、そんなルールなんて一体誰が決めたんだ?
俺達は誰かに従う為に生まれて来た訳じゃねえ。
脅されようと賺されようと、魂は売らない。
残念ながら、自由業の魂は骨董品だ。
ん?
そのココロは?
高過ぎて金じゃ買えねンだよ。

エド「きょーくん教訓、知らない人に会ったら付いて行きましょー」

(テロップ)
Part 15
「マイ・フェイバリット・シングス」


(Monologue: エド)
エドは、今まで苦労した事がありません。
ひょっとしたら、ホントはあるかも知れませんが、全然覚えていません。
どうしてかというと、面白そうな事しかしないし、面白くなさそうな事の中にも、ちびっとは面白そうな事を発見して、ビリビリするからです。
でも、それでもやっぱりつまんなそうな時は寝ます。
寝たら、夢の中でコロコロ面白いです。
おわり。

スパイク「何処にも力なんか入れてない。お前の無駄な力を利用しただけだ。力の流れをコントロールするんだよ。その為には、どんな動きにも対応出来るように、全身の力を抜いて・・・そう、水みたいになる、って事だ」

(テロップ)
Part 16
「アンフィニッシュド・シンパシー」


(Monologue: スパイク)
ブルース・リーはこう言ったそうだ。
"心を空っぽにして、どんな形態も容も捨てて、水のようになるんだ。
水をコップに注げば、水はコップとなるし、水をティーポットに注げば、水はティーポットとなる。
水は流れる事も出来るし、激しく打つ事も出来る。
だから友よ、水の様になるよう、心掛ける事だ"
流石、俺の心の師は言う事が違う。
こんな事も言ってる。
"自分が教えているのは、護身術とか、相手の倒し方とか、そういう事じゃなくて、むしろ、ある動きを通して、どうやって自分を表現するか、という事なんだ。
それが怒りであれ、決断であれ、何だろうとも。
つまり、格闘に則った、人間の身体を使った表現法だ"
ブルース・リーが只の映画スターや、只の格闘家じゃないのが分かるだろ?

スパイク「鎖が長いなあ・・・ウェイ・オブ・ザ・ドラゴン・モデルか」
店員「あ、判るぅ?」

(テロップ)(SE: 銃撃)
Part 17
「公的抑圧」


(Monologue: ジェット)
もしもこの世に神様がいるのなら、一つ願いたい。
全ての自由を阻害する者達に、天罰の下らん事を。

(テロップ)
Part 18
「胸いっぱいの愛を」


(Monologue: フェイ)
たまに思うわ。
損な性格だって。
時々思うの。
これじゃあ良い男が逃げちゃうわ、って。
まあ・・・でもコレがアタシなんだからしょうがないわよねえ。
別人のように振舞って、
"アタシ、こう見えても、結構家庭的なんですよ?"
なーんて言っちゃって、一時上手くいったとしても、後で苦労、いや、もとい。
後悔するだけ。
このアタシ、そのままのアタシが良いっていう人じゃなきゃ厭だしねえ。
まーアタシの相手すんのも大変だと思うんだけど、宇宙のどっかに、そんな運の悪い男もいるでしょ。

ジェット「いやあブルースハープは良い。やっぱ良いわあ」
スパイク「アンタ、ジャズファンじゃなかったっけ?」
ジェット「バァカ言え。俺はお袋のミルクを吸うにも、ワーブリング利かしてたもんさ」
スパイク「そりゃ気の利いたガキだな」

(テロップ)
Part 19
「ワイルド・スタイル」


(Monologue: ジェット)
今から一世紀以上も前、チャーリー・パーカーっていうサックス吹きがいた。
奴は音楽を譜面通りに演奏しなかった最初の男らしい。
つまり、型通りに演奏するだけじゃ飽き足らず、アドリブをかまし、自分自身のスタイルで吹いたって事だ。
奴が始めたその音楽は、やがてビバップと呼ばれたそうだ。
そう。
それが、この船の名前の由来って訳だ。

(テロップ)
Part 20
「デイドリーム・ビリーヴァー」


(Monologue: スパイク)
俺達は皆、眠りながら目覚め、目覚めながら眠っている。
過去は事実か?
記憶は真実か?
夢は、何処からが夢なのか。
寝ながら見る夢、起きていて夢見る夢。
どちらも同じだ。
夢を見ないという奴は覚えていないだけ。
夢が無いという奴も、気付いていないだけ。
臆病なのさ。
見たいくせに見ないようにしているだけなんだ。

(テロップ)
Part 21
「君の意志のままに」


そしてこれは、只の幻影だ。
見えざる手に操られ、真実は分厚いベールに覆われたままだ。
でもそれは、ひっそりと、まるでタイタンの月の様に人知れず存在し、砂嵐が過ぎ去った頃、いつか姿を現すだろう。

(テロップ)
Part 22
「怒りをこめて振り返れ」


だからもう、たかが娯楽に目くじら立てたりするのは止そうじゃないか。
これは冗談なんかじゃない。
フィクションでもない。
それとも・・・俺は悪い夢でも見てたのか。

(テロップ)
Part 23
「ブルーにこんがらがって」


どっかのブルースマンが、ブルースの定義を訊かれてこう言ったそうだ。
"ブルースってのは、どうにもならない困り事を言うのさ"

(BGM: 空を取り戻した日)

(テロップ)
Part 24
「イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー」

THIS IS NOT THE END.

YOU WILL SEE THE REAL
"COWBOY BEBOP"
SOMEDAY!

ダイアローグ
信本敬子
渡辺信一郎

キャスト
スパイク  山寺宏一

ジェット  石塚運昇

フェイ  林原めぐみ

エド  多田 葵

挿入曲
 「空を取り戻した日
    /シャカゾンビ」

ブレイクビーツ
 TSUTC
HIE

構成
 渡辺信一郎

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2007年05月12日

誰も見抜きたくない欺瞞

「血が穢れている」覚えてます? 本棚■でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相
http://t2.txt-nifty.com/news/2007/05/post_7b53.html
(2007/05/11 踊る新聞屋-。)

身の回りのメディアから流れて来るモノ全てが「でっちあげ」だったとしても、俺達は生きていける。
生きていけてしまう。
それが問題なんだろうと思う。

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2007年05月06日

1998年6月 『カウボーイビバップ』テレビ東京版最終話 "第十三回 Session XX 「よせあつめブルース」" Aパートより

(テロップ)
テレビアニメをみるときは、部屋へやをあかるくして、
ちかづきすぎないようにしてみてくださいね。

(SE: 時計が秒針を刻む音)
(Monologue: スパイク)

永遠に続くモノはない。
あらゆるモノに終わりは来る。
それは自然の摂理というやつだ。
突然だが、今日で最終回だ。
そこで今回は、今までにあった事を思い出して、色々と考えてみたい。

(テロップ)(SE:銃声)
 第十三回
Session XX
よせあつめブルース


スパイク「腹減ったなあ」
(SE: 電子音)
スパイク「ん?・・・お前もかよ」

(テロップ)
Part 1
「フード・フォー・ソート」


(Monologue: スパイク)
食いモンはとても大切だ。
なにしろ人間の体はソイツが食ったモンで出来てるわけだ。
もし俺のクローン人間がいたとして、ソイツがハンバーガー以外食ったことがないとしよう。
ソイツと俺は遺伝子的には同じでも、全く違った人間になるはずだ。
ハンバーガースパイクは、俺よりも怒りっぽいかもしれないし、日曜には教会に行くような男かもしれない。
狂暴な賞金首かもしれないし、ワイシャツにはアイロンをあててから着るような男かもしれない。
いずれにしても、ハンバーガースパイクは俺とは別人だ。
要するに、食いモンを選ぶときは、よくよく考えて選ばないといけない、ってことだ。

スパイク「こっちはロブスターの味噌煮、と」
電子音声「畏まりました」

(テロップ)
Part 2
「フールズ・ゴールド」


(Monologue: ジェット)
盆栽は奥が深い。
ただカットすりゃ良いってモンじゃない。
それぞれの盆栽には一つ一つ個性があり、ソイツを活かしてやらないといけないのだ。
愚かな人間は、何でもかんでも同じように切り揃えようとする。
はみ出した部分を只カット・カット・カットするだけだ。
だがそのはみ出した部分こそが個性であり、オリジナリティなのだ。
そんな事も分からない人間は、ハサミを持つべきじゃない。
まったく・・・盆栽が気の毒だ。

フェイ「戦いの基本を知ってる?」
(SE: 機関銃)

(テロップ)
Part 3
「ケ・セラ・セラ」


(Monologue: フェイ)
思想の無い男は嫌い。
でも思想を押し付けてくる男はもっと嫌い。
歯槽膿漏の男も嫌い。
息の臭い男とじゃ、キスも出来ないしね。
危険な男は好き。
でも、危険過ぎるのも一寸考え物。
弱気な男は嫌い。
自分の弱さを解ってる男が好き。
楽観的な男が好き。
人生をあらかじめ予想して、悲観的に生きるなんて気が知れないわ。
人生は多分、どう転んだって、なるようになるのよ。

エド「ウン。だって、エドがエドだもん」

(テロップ)
Part 4
「無情の世界」


(Monologue: エド)
エドです。
宇宙はひろーいです。
エドは宇宙の真理を探して旅をしています。
裸足で歩くと、ビリビリします。
ネットの海はひろーくて、いろんなお魚もいてクリクリします。
頭に物を乗せると、ワクワクします。
真理はあると思って探すと無いですが、無いと思って探すとヤッパリ無いです。
欲しいモノは、手に入らないですが、要るモノが手に入りました。

スパイク「目に頼り過ぎなんだよ。カメレオンじゃねぇんだ!そうアチコチ見えねぇのさ!」

(テロップ)(SE: 心音)
Part 5
「キー・オブ・ライフ」


(Monologue: スパイク)
人間は心臓の鼓動によって生きている。
鼓動とは、規則的な繰り返し。
即ちリズムの事だ。
そう、何をするにしても大切なのはリズムだ。
歩くときも、喧嘩するときも、飯を食うときも、愛し合うときも、台詞を言うときも、リズムが重要なんだ。

(テロップ)(SE: アインの吠声)
Part 6
「ドギードッグ・ワールド」


(Monologue: エド)
ねぇアイン、ねぇねぇアイン。
どうしてそんなに毛深いの?
はぁい。
それは、寒がりだから!
ねぇアイン、そもそもアイン。
どうしてゲラゲラ笑わないの?
おぉ、それは、ニヒルだから!
ねぇアイン、やっぱりアイン。
どうしてそんなに幸せなの?
そうです、それは、エドが幸せだからでしょう?

ジェット「チャーリーは言った。"手は手でなければ洗えない。得ようと思ったら先ず与えよ"ってな。て事はどういう事だぁ?チャーリーは"やれ"って言ってるんじゃねぇのかぁ?へ、そうだろ?」
スパイク「チャーリー・パーカーがゲーテの格言吐くかね」

(テロップ)
Part 7
「ウォーク・ジス・ウェイ」


(Monologue: ジェット)
"作者が、彼の読者に払い得る最大の敬意は、彼らが期待するような物は一切書かない、という事である"
そう言ったのはゲーテだ。
奴はこうも言った。
"人間の働きにせよ、自然の働きにせよ、我々が特に注目しなければならないのは、本来その意図である"
まったく良い事を言う奴だ。
俺が警官を辞めて賞金稼ぎになるなんざ、誰が考えただろう。
古い仲間は、みんな驚いてる。
まったく期待を裏切ってくれる、ってなぁ。
だがそれで良い。
誰も思い付かない事をやりてぇじゃねぇか。
見た事の無い事、聞いた事の無い話。
仲間達はそれを、結構楽しんでるのさ。

(テロップ)
Part 8
「ナチュラル・ウーマン」


(Monologue: フェイ)
綺麗事は嫌い。
綺麗好きも嫌い。
少しぐらい汚れてる方が、部屋も世の中も住み易いってもんよ。
色白は七難隠すなんていうけど、隠し事も嫌いなの。
シミ、ソバカス。
良いじゃない。
誰も彼も同じ肌、同じ顔じゃあ、どれが自分か判んなくなるわよ。
アタシは只でさえ自分が解らない。
だから、手掛りを消しちゃいけないの。
全部、自分の道標だからね。

ジェット「女は見た目じゃ判らんからなぁ」
(SE: 蹴り)
ジェット「うぉ!」

(テロップ)
Part 9
「インスタント・カーマ!」


(Monologue: スパイク)
ラフィング・ブルが言った。
"泳ぐ鳥よ。
お前の体が何で出来ているか知ってるか?"
俺は言った。
"知らねぇよ。
きっと何処にでも転がってる鳥の糞だろうさ。"
ブルが言った。
"泳ぐ鳥よ。
お前の魂は何で出来ているか知ってるか?"
俺は言った。
"知らねぇよ。
きっと何処にでも転がってる綿埃だろうさ。"
ブルは言った。
"その答えは間違っていて合っている。
お前の体は宇宙の全てと繋がっていながら、お前にしか成り得ない。
お前の魂は宇宙の全てを含んでいながら、お前でしか有り得ない。
(SE: 秒針を刻む音がフェードイン)
それはこの私も、そして誰しも。
誰かが憎ければ、お前は自分を憎んでいる。
誰かを愛していれば、お前は自分を愛している。"
俺は言った。
"俺は誰にも何も感じないよ。"
ブルは言った。
"それは、この地上で何より不幸な事だ。"

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2007年03月20日

女性には女性だからといって気を遣わない

これだけは覚えておきたい「紳士らしく振舞うための18のルール」
http://www.popxpop.com/archives/2007/03/18.html
(2007/03/19 19:28 P O P * P O P)


ま、最初の11個には賛同しますよ。
別に紳士でありたいとは思わないし、敢えて破る事もあるけれど。

ただ、紳士のエチケット(女性への対応編)に挙げられている七つを実践する気には、全くなれない。
つまり、俺は紳士には成れない、という事になる。

親しい友人であれば、このような気遣いはむしろ不要となるものだ。
くだらないと言ってもいい。
たかが仲間内の飲み会程度で紳士ぶる奴には反吐が出る。
それでいて他人にはアレコレと「こういう時はこうするものだよ」なんて指図をするのだから始末に負えん。
お前は何処の軟派師だと小一時間問い詰めたい。

では、親しくない女性が相手であればどうか?
親切にしておく事で間違いは無いだろうと普通は思うが、此処に挙げられているのは何れも只の「甘やかし」だ。
ホストクラブならばまだしも、上着を着せてあげようだの椅子を引いてあげようだの、障害者じゃないんだったら自分でやれ。

いい大人が真面目腐って気遣いゴッコなど、相手をよほど子ども扱いしているか、さもなければ下心あってチヤホヤしているとしか思えない。
相手が王侯貴族とでもいうなら話は別だけど、普通の男にそんな機会は無いし、普通の女はちっとも高貴じゃない。
高貴でない女に矢鱈と男が気遣う習慣は、女を甘やかす悪習として直ちに廃されるべきだ。

その弊害が解らない奴は、いっぺん満員の通勤電車とかに乗ってみるべきだと思う。

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2007年03月12日

自戒を込めて同意せよ

非難の対象を間違えてはいけない
http://jp.blogherald.com/2007/03/09/placing-blame-where-blame-deserves-to-be-placed/
(2007/03/09 15:38 ブログヘラルド)

そして喧嘩はグーでやるべし。
俺の好みは長距離射撃だけど。(ぉ

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2007年03月07日

The principle of being fair and just

「南京大虐殺はなかった」=自民県議が発言、審議中断-熊本
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070306-00000096-jij-pol
(2007/03/06 15:01 時事通信)

【主張】慰安婦決議案 一時しのぎのツケがきた
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/42126/
(2007/03/07 05:25 イザ!)

慰安婦発言で安倍首相批判 中国外相、関係改善には意欲
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007030601000537.html
(2007/03/06 17:26 東京新聞)

慰安婦問題 米紙、米中韓の“反日連帯”主張
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070307/usa070307003.htm
(2007/03/07 09:45 産経新聞)

何でも事実を基に主張してくれりゃ、いいですよ。
過去を清算しろだの歴史的事実を直視せよだの、
「そうまで言うならその通りにしてあげましょうか、いや是非させて下さいよ」
ってのが、戦後教育の洗脳を脱した若い日本人の本音だと思うがね。

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2007年02月21日

深く静かに同意せよ

【正論】加地伸行 柳沢発言をどこまで追及できるか
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/seiron/40007/
(2007/02/20 06:50 イザ!)

 人間は社会の規範としての法と道徳とを作ってきた。もちろん両者は重層している。しかし、複雑な社会生活上、結果と動機とに分けざるをえない。だから、結果の責任を問う〈法〉(罰を与えて制裁する)と、動機の責任を問う〈道徳〉(制裁はないが、時効はない)となる。
 すると、不二家問題の場合は、主として法的責任を、柳沢問題の場合は、すべて道徳的責任を追及しているということである。
 法的責任-これはどこまでも追及すべきである。また追及することができる。しかし、成人の道徳的責任となると、だれが、どういう資格で、どのようにして追及できるのであろうか。これは有史以来の難問なのである。
 結局、当事者の誠意ある謝罪しかないではないか。

そして、謝罪は既に済んでいる。
赦す人もいるだろうし、赦せない人も赦さない人もいるだろう。
だが法的立場には一切影響しないし、させてはならない。


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2007年02月19日

そもそも政治家の言葉は人を傷つけるもの

金を銃とし、言葉をナイフとし、戦うのが政治家の仕事。
その政治家に向かって、
ある人を傷付けるから、傷付いたから、不穏当だから、
「黙れ」「取り消せ」
という事が、どれほど危険な事か。

回りまわって結局、俺達自身の首にナイフを突き付ける事になる。
誰を批判するにしても、その事は、よく肝に銘じておく必要がある。

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2007年01月30日

そんな餌で俺が(以下略

「女性は15歳から50歳までが出産をして下さる年齢。『産む機械、装置の数』が決まっちゃったと。その役目の人が、一人頭で頑張ってもらうしかないんですよ」(柳沢伯夫 厚労相、今月27日・松江市内)
ちゅーのがまあ、TBSソースの一番オリジナルに近いテキストか。 これでも前後の文脈は分からない。

そしてこれは一寸フェアじゃねーな、というか其処は結構重要なんだがな、という点を産経以外の各社が恐らく意図的にスルーしている。

女性は「産む機械」 柳沢厚労相
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/fukushi/070128/fks070128000.htm
(2007/01/28 03:40 産経新聞)

 柳沢伯夫厚生労働相は27日、松江市で開かれた自民県議の決起集会で、「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と女性を機械に例えて少子化問題を解説した。

 柳沢氏は「これからの年金・福祉・医療の展望について」と題し約30分間講演。出生率の低下に言及し「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「機械って言ってごめんなさいね」との言葉を挟みながら、「15-50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と述べた。

 厚労省は昨年12月、人口推計を下方修正。この時、柳沢氏は「子供を持ちたいという若い人たちは多い。その希望に応えられるよう、できる限りの努力をしていきたい」と話していた。

つまり誰に向かって喋ってたか、というのはかなり重要なんじゃないか。
朝日ソースでも書かれているように、

会場では発言について異論はなく、主催者からの訂正などもなかったという。
ならば彼の言わんとする事は、賛否はさて置き、その場の人間には通じていた、という事でもある。
(というか、産経記事を読む限り賛否を問える文脈ですら無かったのではないか)

如何に女房子供を愛するか、とか哲学的・宗教学的な議題ならばまだしも、年金・福祉・医療の展望と出生率の低下という話題の中で、まさかコウノトリの話をしていた訳でもあるまいに。
ある意味で機械論的解説が通用する場であった、という点を無視して「私は不良品か」というのも、まあ、ちょっと厭な気持ちは分かるがナイーブ過ぎる。
まあ、言ってしまえば確かに不良品なんでしょうよ、「子供を産む機械」としては。
その点だけを機能的に見れば、それはもう間違いなく。
それはimpotenceな男性だって、そうでしょう。

前少子化担当相の猪口邦子衆院議員(54)は「機械であるというその言葉自身は、完全に否定されるべき言葉です」と話した。
なんてのは、もう完全に感情論。 土俵が違う。論外。

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2007年01月18日

魂とは自尊心の事かもしれない

こんなこと言うことじゃないけど、ま、ちょっこっと
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20070118/1169100516
(2007/01/18 finalventの日記)

仏教の教えに近いだろうか。
日本仏教では祖霊信仰とマージされているが、そもそも仏教に於いて霊魂は存在しない。
古いユダヤ教にも天国は無かったが、霊魂はあったか。
冥府に落とされて御冥福もあるまいが。

人の死は無への回帰に過ぎないかもしれない。
しかし、人の死を迎える生者の心というものがある。
それは愛情だったり、悲哀だったりするのだろうけれど、多分、根底にあるのは恐怖。

例えばたった今ここで自分が無に帰ったとしたら、人は私を只の土塊としか見ないのだろうか。

そんな訳は無い。
だが人はそれに耐えられない。
黙祷も、葬式も、社に神を祀るのも、それが耐えられないから形に残す。
様式化する。
死者の為ではなく、残された後を生きる者の為に。
いつか死ぬ自分自身が今を生きる為に。

もっと色々、考える事はあるが、言語化し辛い。
というか、難しいな、難しい事を簡単に、陳腐でなく書き残すのは。
30点。

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2006年12月10日

関東圏の人には分からないかもしれない話題

たかじんの そこまで言って委員会を観てて思ったんだけど、三宅久之さんは厳しい事ばっかり言ってるようで、最後は情の人だなあ、と。
こういう言い方は大変失礼なんだけど、情のために道理を曲げる事の出来る人だなあ、と。

是々非々で言えば、橋下弁護士の方が正しいんだわ。
自殺じゃ世の中変えられないよって事は、大人がしっかり示しておく必要がある。
それはその通り。
いくら「たかじん委員会」のパネラーでも流石にTVであからさまには言えないだろうけど、要は
「自殺しようなんて奴は見捨てるよ」
って事を、もちっとハッキリ言わなきゃいかん。

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2006年10月29日

めんどくさいので一切のエクスキューズを省くが

自分が子供の頃のこと、思い出してみたら解ると思うんだよ。
自分がいたクラスのさ。
誰と誰が誰と誰からどんな理由でどんな風にいつからいつまでいじめられてたかなんて、正確に把握してたか?

いじめなんてのはさ、只でさえ、大人に見つからないよう行われるものだし、大人に見つけられないよう隠すものじゃないか。
そだろ?

自分の子でさえ一人二人で精一杯、悩みや人間関係なんて把握しきれたもんじゃないだろう。
なのに30:1ぐらいの戦力差で隠蔽工作されてるものを、探偵やカウンセラーじゃあるまいし、本業じゃない所で常に把握しろってのは、そりゃ酷だろよ、つか、無理だろ。
あるべき論は意味を為さない世界だよ。

発覚してからイジメ隠しだの何だの云われてる結構な部分が、隠したいつーより「把握出来てない」のじゃないかと思う。
把握してないのに滅多な事は言えん、つーのが正直なトコでないか。
役人の一般的な思考としては。
だから、第一報で動揺した頭から口走った言葉と、事後の記者会見なんかで示された「見解」が矛盾してたり、「二転三転した」ように見えるのも、そういう事なんだろうよ。
その辺が、教職員の限界という事。

つまり。
イジメは学校で(も)起こるけれども、学校が解決する事は出来ない。

出来ない、ってハッキリ言ってしまった方が良いよ。
だって、出来ないだろ?
よぉ考えてみ?
出来ると思う?

出来なかっただろ?

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2006年08月17日

論理思考とは言うけれど

大前研一氏コラム「産業突然死」の時代の人生論
第40回 A級戦犯問題を「論理思考」で考察する

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/a/42/

全文通して読むと正しい事も言ってるんだが、どうも基礎情報のインプットに偏りがある人のようで。
その辺から来る「何言ってんの感」が、人に支持されない素因なのかなあ。
ま、そりゃ置いといて。

・件の富田メモについて真贋がハッキリしたという話は未だ聞かない
昭和天皇に関して、幾ら過去の文献・証言から類似の心情を類推できるからといって、あのメモを真なりとの前提に立って論立てるのは、今の段階では危険だろう。

・大日本帝国憲法下で、天皇は絶対君主ではない
>明治憲法下の絶対君主であった昭和天皇がなぜかくも非力かつ傍観者的であり得たのか
昭和天皇は国体明徴声明によって絶対視された君主ではあったが、あくまでも立憲君主であり昭和天皇自身もそれは自覚されていた。

・天皇は無問責存在のはず
>昭和天皇は戦前、日本の頂点に立つ最高責任者だった。
まず、立憲君主国家には「君主無問責の原則」というのがある。
君主には民事・刑事を問わず、一切の法的責任が負わされないという事。
これは新旧どちらの憲法下でも同じ。
だから「最高責任者」という表現は間違い。
大日本帝国憲法下で、天皇大権の行使につき責任を取るのは国務大臣。
(※大日本帝国憲法第五十五条「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責メニ任ス」に明記されている)

・天皇に戦争責任は無い
>会社でいえば社長にあたる。その天皇本人に戦争責任がないはずがない。(2ページ目)
>つまり戦争の全責任は明治憲法下では天皇にあることが明確(3ページ目)
>1.明治憲法下で統帥権をもつ昭和天皇の戦争責任は明白である(6ページ目)

言い切ってしまっているが、「感情や思想を抜きにして、事実だけを元に論理を組み立てて行く」その第一歩からこれは間違っている。
この「戦争責任」という表現も胡乱で困るが、開戦・終戦に関わる責任を言うのであれば、それ自体は合法的に行われたので責任を負うべきは天皇ではなく東条内閣という事になる。
戦争遂行と敗戦の責任を言うのであれば、この場合突き詰めていっても最終的には開戦~終戦期に統帥権輔弼する立場であった参謀総長と軍令部総長に行き着くだけである。

・松岡、白鳥は軍人じゃない

しかし、このメモには回顧録以上の問題がある。つまり、この時期(富田朝彦元長官に語ったといわれる1988年ころ)になると昭和天皇から“共同正犯”という意識は薄れ、自分は被害者だ、A級戦犯が犯人だ、特に松岡、白鳥などを祭るとは何事か、筑波の跡を継いだ松平宮内大臣の息子(永芳氏)はとんでもない勘違いをしている。何たることか、と心情を吐露している。それから自分は靖国に参拝しなくなった、と言っている。つまり自分を追い込んだ軍部の面々が一緒では嫌だ、という理屈だ。
書き方の問題かも知れないけれど、松岡洋右は外務大臣、白鳥敏夫は駐イタリア大使。
そもそもA級で訴追された28名のうち、軍人は東條・小磯を加えても17名。
刑死・獄中死して後に靖国へ祀られた14名のうちでは、松岡・白鳥を含め5名が文民である。

「まずは論理思考(ロジカルシンキング)」という主張自体は間違ってないと思うし、共感できるんだがなー

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2006年08月06日

テポドンなんか届かない、だから日本にNBC兵器の危険なんか無い

なーんて寝言ほざいてる奴ァ誰だ!

あのな。
北朝鮮の場合、本当に危険なのはテポドン2(長距離弾道ミサイル)じゃないんだよ。
そんなもんは、アメリカに任しときゃいいの。
対アメリカ兵器なんだから。
んで、対処も割と簡単なの。
衛星に捕捉されず準備する事が難しいし、発射位置動かせないし、時間もコストもかかるから。

問題は、スカッドとノドンの方。
短・中距離ミサイルなんて脅威じゃないと思ってんなら、大間違い。
あのな。
TVで知った風な口利いてる関東圏の左巻き連中にはピンときてないのか知らんけどな。
西日本には余裕で届くんだよ。
九州・四国なんか、スカッドでも射程内なの。
勿論、スカッドもノドンもNBC兵器を載める。

しかも、この二つはミサイル発射車両に載せて移動する事ができる。
どういう事か?
発射地点が移動するという事は、発射位置の特定がし難いという事。
つまり、日本にとっては、只でさえ発射後着弾まで6,7分しか猶予が無いのに、迎撃準備を取る暇が無いという事なんだよ。

東京の人間は、そりゃ良いよ?
長崎や福岡が撃たれたと判ってから、やおら反撃・避難の準備しても間に合うんだからな。
でもな。
最初ッから地方の人間眼中に無いってな物言いをテレビで堂々されるのは、無茶苦茶腹立つんですわ!

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2006年07月24日

あいされる歩幅で。

本当に引き籠もりを直したかったらメシ食わさなきゃ良いのに、と元引き籠もりが思う今日この頃。
皆様如何御過ごしでしょうか。

最近さ、孑供を引きずるようにして歩く親ばかり目にするんだけど。
いっそ首輪と鎖でも付けといてみたら良いのに。
したら、自分がどんなに酷い事してるか気付くだろうに。

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2006年07月20日

歴史、政治、法理、思想、信教(そして略埒外の外交)に於ける靖国問題に関するメモ

<昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060720-00000062-mai-soci
「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。A級戦犯分祀論や、小泉純一郎首相の参拝問題にどのような影響を与えるのか。
 ■A級戦犯の遺族
 「信じられない。陛下(昭和天皇)のお気持ちを信じています」――A級戦犯として処刑され、靖国神社に合祀される板垣征四郎元陸軍大将の二男の正・日本遺族会顧問(82)=元参院議員=は驚きながらも、そう言い切った。
 正氏は昭和天皇が参拝を中止したのは、A級戦犯合祀とは無関係だとの立場を崩さない。「三木(武夫)総理(当時)が昭和50(75)年に現職首相として初めて参拝し、その秋の国会で論議になったため、陛下はその後参拝できなくなったのだと私は思うし、さまざまな史料からも明らかだ。A級戦犯合祀は、陛下の参拝が止まった後のことだ」と話す。その上で「(富田元長官が)何を残され、言われたかは関知しない」と言った。
 同様にA級戦犯として合祀される東条英機元首相の二男輝雄氏(91)=元三菱自動車工業社長=は「そんな話、いまだかつてどこからも聞いたことがない」と繰り返した。「信ぴょう性が分からない以上、言いようがない。個々の動きでいちいち大騒ぎしても仕方ないよ」とコメントを避けた。
 ■識者は
 昭和史に詳しいノンフィクション作家の保阪正康さんは「昭和天皇は東京裁判の結果を容認し、A級戦犯合祀はおかしいと判断していたから、想像できる範囲ではある」とし、影響について「参拝に反対の立場の人たちからは『昭和天皇でさえも否定的』という声が強まるのではないか。小泉純一郎首相と昭和天皇は靖国について考えが違うことがはっきりした。首相は参拝するのであれば、昭和天皇の判断に、政治の最高責任者として戦争について見解を改めて述べる必要があるのではないか」と語った。
 一方、一橋大大学院社会学研究科の吉田裕教授は「徳川義寛侍従長の回想で示唆されていたことが確実に裏付けられ、松岡洋右元外相への厳しい評価も確認された。今後は分祀論にはずみがつく。小泉首相も、少なくとも(終戦の日の)8月15日に参拝をしない理由になるのではないか。首相の参拝には多少の影響はあると思う」と話した。
 日本近現代史に詳しい小田部雄次・静岡福祉大教授は「昭和天皇の気持ちが分かって面白い」と驚き、「東京裁判を否定することは昭和天皇にとって自己否定につながる。国民との一体感を保つためにも、合祀を批判して戦後社会に適応するスタンスを示す必要もあったのではないか」と冷ややかな見方を示した。その上で「A級戦犯が合祀されると、A級戦犯が国のために戦ったことになり、国家元首だった昭和天皇の責任問題も出てくる。その意味では、天皇の発言は『責任回避だ』という面もあるが、東京裁判を容認する戦後天皇家の基盤を否定することもできなかったのではないか」と話した。
 ◇靖国神社とA級戦犯合祀を巡る動き◇
1945年8月 終戦の玉音放送
 46年4月 国際検察局がA級戦犯容疑者28人を起訴
   6月 松岡洋右被告が病死
 48年11年 極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯のうち7人に絞首刑判決
 51年9月 サンフランシスコ講和条約調印
 56年4月 厚生省(当時)が「祭神名票」送付による合祀事務に対する協力を都道府県に通知
 66年   A級戦犯の「祭神名票」を靖国神社に送付
 75年8月 三木武夫首相が現職首相で初めて終戦記念日に参拝。私人としての「参拝4原則」を強調
   11月 昭和天皇が最後の参拝
 78年10月 靖国神社がA級戦犯14人を合祀
 85年8月 中曽根康弘首相が公式参拝。「宗教色を薄めた形式なら公式参拝は合憲」との官房長官談話を受けて
 86年8月 近隣諸国に配慮して中曽根首相が参拝断念
 01年8月 小泉純一郎首相が13日に参拝。以降、毎年参拝
 05年6月 小泉首相が衆院予算委員会でA級戦犯について「戦争犯罪人であると認識している」と答弁
 ◇内容を精査し、冷静な分析必要
 天皇の靖国神社参拝は1975年11月21日に昭和天皇が行って以来、今の天皇陛下も含め行われていない。同神社や遺族側は、その後も「天皇参拝」を求めているが、30年以上途絶えたままだ。これまでいくつかの理由が推測で語られていたが、今回の「富田元長官メモ」は、このうちの一つを大きくクローズアップした。
 宮内庁によると昭和天皇は、終戦に際し45年11月に同神社を参拝。その後も数年おきに訪れ、75年までに戦後計8回参拝した。また、今の天皇陛下は皇太子時代、69年までに戦後計4回参拝している。
 途絶えた理由に挙げられるのは(1)78年のA級戦犯合祀(2)対外関係の考慮(3)公人私人問題――など。靖国参拝推進派はこのうち(3)を取り上げることが多い。75年8月、三木武夫首相は「私人」の立場を強調して参拝。同年11月の天皇参拝では、政府は「天皇の私人としての行為」と国会答弁した。この点につき、「公人中の公人」の立場を昭和天皇が熟慮して、その後の参拝を取りやめたとの考えだ。
 だが、今回のメモは(1)が大きな理由だったと読める。天皇参拝を求める以上、遺族側でもこの発言を理由に、A級戦犯分祀論が強まる可能性がある。
 一方で、メモで取り上げられている松岡洋右元外相と白鳥敏夫元駐伊大使への昭和天皇の思いを考慮する必要もある。「昭和天皇独白録」で、松岡元外相について「恐らくは『ヒトラー』に買収でもされたのではないかと思はれる」と辛らつに評価。白鳥氏が担当した日独伊三国同盟にも不満を述べている。信任していたとされる東条英機首相や木戸幸一内大臣らと比べ、冷ややかに見つめていたのは明らかで、それが発言に反映している可能性も否定できない。
 また、合祀されているA級戦犯14人の多くは陸海軍幹部で、2人は元々からの外務官僚。軍人でもなく、戦死でもなく、靖国神社にまつられることに違和感を語る向きもあった。昭和天皇が何を問題と感じ、それを今後我々がどうとらえていくか。内容について全文を精査し、冷静に分析していくことが必要だろう。【大久保和夫、竹中拓実】
(2006/07/20 14:12 毎日新聞)


まず歴史上の事実としては、あり得るね、という事。
しかしこの問題に関して、国民が考えるべき事は多いが、物申すべきは実の所少ない。

それは、この暴露が歴史的ファクターとは成り得ても、政治的ファクターには成り得ないという事。
誰を祀るのかについては法理上は完全に、一宗教法人としての靖国神社の意思にのみ左右される問題であるし、つまり政治が分祀だ国立墓地だと先回る事は、これも繰り返し指摘しているが憲法上出来ない。
特定の宗教法人に対する過干渉であり、信教の自由を侵すので憲法違反になるからだ。
という事は麻生外務大臣も指摘しているし、最近はようやくマスコミでも今になって初めて気が付いたか思い出したように言及し始めたが、どういう訳か信教の自由を守れという人々に限って順法精神の欠けた意見が目に付く。

横道に逸れたが、この場合、かつて昭和天皇の意向がどうであったか、は政治的には問題でない。
表向き嫌でも政治問題化するだろうが、本質的には政治問題とは成り得ない。
歴史的考察の結果、何かを判断できたとして政治がどうにかする手段は、最初から用意されていないからだ。
これは最初から、靖国神社自身がどう判断するか、という答えしか既に許されていない問題である。
正確に言うなら、その歴史的ファクトを前に靖国神社が今回名前の挙がった英霊の取り扱いについて何をどう判断するか、それだけが問題となる。

という事を踏まえると、以下のような朝日の記事は、「ああ、テンプレ乙」としか言いようが無い。

「天皇参拝せぬ靖国に首相が行く矛盾」 カーティス教授
http://www.asahi.com/politics/update/0720/007.html
<ジェラルド・カーティス米コロンビア大学教授(政治学)の話>

昭和天皇が、靖国神社のA級戦犯の合祀に強い不快感を示していたことが明らかになったことの意味は大きい。靖国神社参拝問題が、外国にいわれて問題になったのではなく、もともと日本国内の政治問題であることが明らかになった。

A級戦犯を合祀することは戦争を肯定する象徴的な意味がある。外国から見てもおかしいし、日本の天皇から見てもおかしいということだ。天皇陛下も参拝しない靖国に総理大臣が行くべきだというのは矛盾している。

天皇の発言が明るみに出たことによって、国内問題としての靖国神社参拝問題がもっと議論されるのではないか。

戦中戦後を通じて天皇だった昭和天皇が「天皇陛下万歳」を叫んでなくなった兵士がまつられている靖国神社の参拝をやめるほど、A級戦犯合祀にこだわっていた。天皇の言葉を次の総理候補も真剣に考えて、靖国神社問題の新しい解決のあり方を考えるべきだ。


昭和天皇の意向がどうであったかは日本の歴史問題であって、政治問題ではないよ。
行政府の長たる小泉首相が参拝する事の是非には直結しない。
つか、政治問題としたいなら天皇の意向は持ち出すべきでないのじゃないか。

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2006年07月08日

中国人が靖国神社を訪れると・・・

こちらの記事を読んでの、反射的な感想に近いメモ。

『中国人が靖国神社に行きました』 宋 文洲
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20060704/105680/
(2006/07/06 日経ビジネス)

百聞は一見に如かず、は恐らく正しい。
何はともあれ「行ってみたい」を実行した記者は偉いと思う。
が反面、「見ずに意見を言う人々(外国人含む)」が黙る必要も無いと思う。
日本人にだって、靖国神社の所在地すら知らない人は大勢いるだろう。
俺だって参拝した事は無い。

だから反靖国論をぶつ人達に向かって、「まずは見てから文句言って下さいよ」というような反論の仕方はしない方が良いと思う。
俺はしない。

宋記者は、こう言う。
「長崎と広島に原爆を落とした戦闘機が米国の博物館に展示されたことを、多くの日本の方々は不快を覚えるはずです」と。

この戦闘機というのは、ダレス博物館にあるB-29長距離爆撃機エノラ・ゲイの事だ。
他の日本人がどうかは知らないが、俺は爆撃機が博物館展示されたぐらいで不快には思わない。
その爆撃機が、夥しい数の日本人を殺してきたものであってもだ。
事実を言えば、不快に思ったのはむしろ米国人達の方だ。
同爆撃機がスミソニアン国立航空宇宙博物館で展示される事になった際、「広島原爆」をテーマに展示しようとした為、一部で反対運動が起こった。
更にその騒動に対する一部日本人の反発などはあったが、忘れてならないのは、そこが原爆資料館ではなく航空宇宙博物館だったという事だ。
場所柄を弁えるというのは、何処の国でも大事だ。
そういう意味では、戦死者を祀る靖国神社に、戦争資料館としての遊就館が併設してあるのは何ら不自然では無い。

仮に、その戦闘機をワシントンの「英雄記念碑」の横に置き、米国大統領が参拝するなら日本の国民はどう思うのでしょうか。

と記者は言うが、そんな事はアメリカが実際にやってみなければ解るまい。
意外に誰も何とも思わないかも知れないし、誰かが焚き付ければ反応する人達が出てくるかもしれない。
大統領が其処で何を喋るかにも拠るだろうし、ひょっとしたらアメリカ国民のナショナリズムの方が刺激されるかもしれない。
しかし、それはアメリカが現実にそうしていない以上成り立たない反問であるし、そうしないアメリカはアメリカの精神的閾が存在しているという事だろう。

それはアメリカ人の、或いはアメリカの国家としての心の問題であるし、日本人や日本国のそれとは違う。
公約数的なフィールドを求め、そこで議論を展開しようとするのは間違っている。
例えば伊藤博文を暗殺した安重根などは、ソウルに安重根義士記念館が建設されていたりする。
だが、「安重根はテロリストなのだから、博物館は潰してしまえ」などと日本政府が要求できるだろうか?

記者自身も言っている。

兵器と戦史を並べる「遊就館」のある靖国神社に、日本の方々が行くのは自由です。あの戦争をどう思うかについても、日本の方々の心の自由です。しかし、「遊就館」の写真に写っている戦場だった土地に住む人達にも、心の自由があると思います。「遊就館」のある靖国神社に参拝する人に会いたくないと思うのは、まさに彼らの心の自由です。

その通り、ダレスでエノラ・ゲイと笑顔でツーショット撮る気にはなれないし、ソウルで安重根の偉業を称える気にもなれない。
が、日本人なら「博物館を潰してしまえ」とは言わない。
「ダレスには行かない」「ソウルの人とは会わない」等とは言わない。
靖国問題で根本的におかしいのは、そこんところだ。

見学の後、靖国神社の前宮司の方に、講話していただきました。気を取り戻して教義や信仰を聞こうと思いました。しかし、数十分間にわたった講話は「中曽根前総理は参拝をやめたのは間違いだった」「今後の総理も参拝すべきだ」「中国と韓国の歴史見解はおかしいか」といった政治的内容ばかりでした。

何故、政治的な話ばかりになるか。
その理由までは分析しようとしなかったようだが日本人なら解る。
今、政治が靖国を殺そうとしているからだ。
今、政治がかつて英霊たちと交わした約束を反故にしようとしているからだ。
素直に純朴に信仰を語ることの出来ない状況を政治が作ってしまった。
だから、靖国は政治に対抗せざるを得ない。

宗教施設とうたいながら武器と戦史を展示する。宗教とうたいながら思想観と歴史観を宣伝する。冷静になれば誰でも、これらの矛盾に気付くはずです。僕には、どうしても、兵器を宗教施設に展示し政治思想を宗教信仰と偽ることを、理解できません。明らかに日本の武士道精神に反していると思います。

宗教施設とうたいながら武器と戦史を展示する。
宗教とうたいながら思想観と歴史観を宣伝する。
冷静になれば誰でも、これらは矛盾しない事に気付くはずなのだ。

それから、日本人を語る際に「武士道」を軽々しく持ち出すのは慎むべきである、とも言っておこう。
近世に於いて武士道とは死の美学でもあるからだ。

投稿者 haniwa : 15:46 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月27日

愛国心があるかどうか、そんな評価は(本来は)必要ない」

<愛国心>通知表評価項目に 埼玉で52小学校、愛知も
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060526-00000036-mai-soci
「国を大切にする」などの「愛国心」表記を通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が埼玉県で52校に上り、岩手、茨城、愛知県にもあることが毎日新聞の全国調査で分かった。教育基本法改正案を巡る国会審議で、小泉純一郎首相は「愛国心があるかどうか、そんな評価は必要ない」と答弁したが、学校現場は既に評価へ踏み出し、全国に広がる気配だ。【まとめ・井上英介、高山純二、高本耕太】

埼玉県内の52校の所在地は▽鴻巣市▽行田市▽熊谷市▽深谷市▽騎西町▽寄居町。茨城県内は常陸大宮市と牛久市、阿見町、愛知県は北名古屋市、岩手県では大船渡市と釜石市で「愛国心」を盛り込む事例があったが、各県での総数は不明だ。
「愛国心」表記の通知表が見られるようになったのは、学習指導要領が02年度に改定され、小学6年社会科に「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」などの目標が設定されて以降といわれる。
埼玉県行田市では市立小全16校中14校が、現行学習指導要領の施行と同時に、通知表の6年生社会科の観点別評価項目の一つに盛り込んだ。実際の記載は「わが国の歴史と政治、および国際社会での日本の役割に関心を持って意欲的に調べ、自国を愛し、世界の平和を願う自覚を持とうとする」。担任が3段階で絶対評価する。

現行指導要領は、小6社会科の学習目標のひとつに「国を愛する心情を育てるようにする」とうたっている。通知表は校長の権限で作られ、学校ごとに異なるが、14校は事前に定めたひな型に沿って同一の表現にした。ある校長は「愛国心というより学習の意欲や態度を評価する項目だ。指導要領にも沿っており、問題はない」と説明する。
だが、52校の中には削除を検討している学校もあり、校長たちの足並みはそろっていない。
寄居町のある小学校の通知表の記載は「我が国の歴史に関心を持ち、それを意欲的に調べることを通して、歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を持とうとする」。
これについて、昨年7月赴任した現校長は「前校長が作ったので経緯は分からないが、どういうことを『国を愛する心情』というのか判断が難しい。あいまいな部分は分かりやすく変える」と語り、現在作成中の06年度の通知表で「愛国心」を削除する考えだ。

通知表の「愛国心」評価を巡っては、福岡市では02年度に市立小の約半数にあたる69校で実施したが、市民団体が反発し、03年度から削除された。
国会では24日に福岡市の事例が取り上げられ、小泉首相は評価の必要性を強く否定。小坂憲次文部科学相も、野党側の「内心の自由を侵害する」との追及に「子どもの内心に立ち入って(愛国心があるかどうか)評価するものではない」と慎重な答弁を繰り返した。

全国調査では、福岡市のほか、福井県内でも「愛国心」評価が一時期実施されていたことが分かった。他の都道府県は「把握していない」「調査していない」などと回答した。

▽大田尭・東京大名誉教授(教育学) 一番の問題は、学習指導要領が「国を愛する心情を育てる」ことを目標に挙げている点だ。愛国の情は個々人で違っていてもよく、評価するのは不自然。心情を画一評価することは内心の自由を侵すことになり、内面の画一化につながる恐れもある。教育基本法が改正されると、愛国への心情評価が合理化されるのではないか。
(2006/05/26 03:09 毎日新聞)


確かに、愛国心の評価なんてものは、そもそも必要無いもの。
だけど、それが何故今必要とされているのか。

それは、ずっと教育の現場で「アンチ愛国」の教育が行われてきたからだよ。
愛国心教育論なんて、偏向教育によって荒らされた教育現場の修復ツールとして出て来たに過ぎない。

心情を画一評価することは内心の自由を侵す、だとか
内面の画一化につながる、だとか
かつてアンチ愛国教育にドップリ漬からされてきた俺から見れば、噴飯ものの意見だ。
今までは現場の教師がそれをやってきてたんじゃないかと。
思想のベクトルが真逆だっただけで。

今ようやく、その後始末をやってやろうってんだ。
ガタガタお為ごかしを言うんじゃないよ。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月10日

ロハスうぜぇ

半年ぐらい前にも「胡散臭い」と書いた、あれ。
ちっとも流行ってないのに流行語大賞でノミネートされたり、何かと金と工作の匂いが纏わり付くコトバ「ロハス」だが、最近いよいよウザい。

ラジオ番組なんかで、「このコトバの意味は何でしょー」みたいな安直クイズ企画の問題例に「ロハス」が乱発されてて、どーにか認知度上げようと必死過ぎ。露骨過ぎ。
いつまでやってんだよ、んっとに。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月12日

人の子ならば張り倒せ 我が子ならば蹴り倒せ

あまりにもいつも通りの日常なので全然意識してなかったが、新年度、なのね。

ふと気が付けば、いわゆるフレッシュマンというの?
独特の、無難なスーツを着込んだ人々が、通勤電車の妙なポジションで人の流れの邪魔になってたりするわけですよ。
ああ初々しい。
あの若々しさを俺はいつ失ってしまったんだろうかね?(オバハンが寄っ掛かってくるのをスクリーンアウトしながら)

新年度、という事は新学期、でもあるわけで。
これまたよくよく見れば、真新しい制服のおにゃのこが朝も夜もウロチョロしよるわけですよ。
当たり前だけど。

んで、その中には所謂「高校デビュー」「中学デビュー」なるイタいお子様連中がおるわけでして。

交番の目と鼻の先、燦燦と明るいコンビニの前で、テカテカの制服着て、眉剃りたての馬鹿面晒して、喫煙ですか。
おめでてーな。

(平和的に中略)

なんつーかね、この手の連中、増えるんですわ。
この季節。
こいつだけじゃないんですわ。
朝から晩まで、この調子。
勿論、見つけ次第(自粛)なんだけれども、他の大人(特にオバハン連中)は見てみぬ振りの傾向が強くてねぇ・・・

放っておけば、いずれ誰の手にも負えなくなって自分達に跳ね返ってくるのにね。
割れ窓理論をトンデモ説と嘲る向きもあるが、俺達みたいな田舎者は実感してるから。
人が増える、治安が悪くなる、仕方無い、じゃなくてよ。
やるべき事はやれる時にやっとかねーと。

そんなワケで、義と勇のある大人の方々。
やるんなら、今よ。
環境変わって、ちょっとだけ勘違いし始めた、この時期が勝負。
今ツブせなかったら、三年尾を引くからね?
色んな人に迷惑掛けながら。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月04日

もののふとさむらい

ヒール・清原&クール・イチローの異色タッグ
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20060404&a=20060404-00000006-ykf-spo
(2006年4月4日(火) 17時2分 夕刊フジ)

まあ、記事自体は何てこと無いのでさておく。
が、関連して少し思い出した事があるので、チラシの裏よろしく書き捨てておく。

イチローといえばWBCでの活躍は記憶に新しい所だが、当時から俺がどうしても納得できなかった(が、それこそチラシの裏なので黙っていた)のが、イチローを賞賛する裏で松井や城島を腐す人達。

どうしてそんな事をする必要があるか、とんと理解できない。
イチローはイチローで、松井は松井で、己の信念に従って道を選択したに過ぎない。
いずれもスポーツの正道を真剣に進んでいる人達。
どちらが良い悪いという話では無い筈。

それなのに、「イチローは○○なのに、それに引き換え松井は××~」だと粘着質に言い立てたり、甚だしきはWBC不参加組に向かって「反省しろ」などという輩までいる。

国を背負って戦う時のスポーツマンは、しばしば「サムライ」と評される事がある。
今回、イチローを「サムライ」と呼んだメディアも幾つかあったような気がする。
じゃあ、松井はサムライじゃないのか。
サムライじゃなければ腐さなければならないのか。
そんな馬鹿な話があるか。

これは俺の勝手な解釈なんだが、イチローが侍(さむらい)ならば、松井は武士(もののふ)ではないか。
捉え様によって或いは逆なのかもしれないが、そして多分に言葉の解釈は俺流であるが、そう思う。
いずれも尊敬に値する存在だと思っている。

それで何が悪い。

投稿者 haniwa : 21:35 | コメント (2) | トラックバック

2006年03月08日

そんなだから

経産省部長ブログ「炎上」 PSE法巡り書き込み殺到
http://www.asahi.com/national/update/0308/TKY200603080273.html
「わかりやすい言葉で政策を伝えたい」と経済産業省の現役部長が、役職と氏名を明示して開設したインターネットのブログが、3週間ほどで閉鎖に追い込まれた。反対の声もある電気用品安全法(PSE法)に触れたところ、書き込みが殺到したためだ。その上、ブログの更新が執務中だったことが問題視され、部長は大臣官房から注意を受けた。
(中略)
ブログで谷さんは、この法律への理解を求めた。だが、同法に対する意見に交じり、反対派とみられる人たちから「死んでわびろ」「能なしの税金泥棒」など中傷も寄せられた。冷静な意見を含めて、書き込みは最終的に1600通にのぼった。ネット用語で言う、書き込みが殺到し、収拾がつかなくなる「炎上」状態になった。他のネットの掲示板でも話題になり、騒ぎは大きくなった。また、ブログ更新が平日の勤務時間内だったため「公務中の更新は問題」と議論は思わぬ方向に飛び火した。
このため、谷さんは閉鎖を決断、2月19日に「閉鎖のお知らせ」を掲載し、25日に閉じた。「公務中の更新を巡り、国民の非難を浴びた」として今月3日、国家公務員法の職務専念義務違反で注意を受けた。
谷さんは「官庁のHPは、見たい情報にたどり着くのが大変だし、広報予算も限られている。官僚言葉でなく、個人として語りかけたかった。職務中の更新は注意が足りなかった」と話した。

これさ、法の良し悪しは別として、職務専念義務違反てのが納得できんな。
職場も了承の上で、やっていたサイトだろう?
何も職場のリソースを勝手に乗っ取って趣味のサイトを立ち上げていたわけでなし、だったらむしろ職務に専念していたといえるんじゃないのか。

注意の理由は、もっともらしい事言ってるが要するに「ネットで騒がれたから」だろう。
だいたい、発端は書き込みの中にあった言い掛かりのようなものだ。

叩く方も叩く方だが、この事なかれ主義も酷い物があるな。
そんな処分で一体誰が助かるというんだ。
まずは説明するのが先で、スジだろう。
それをやってこなかったから、PSE法だってこんな大きな問題になってしまったんだろうに。

死ねとか言ってる奴は、論外。

投稿者 haniwa : 23:22 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月29日

裾を抓みて思ふ

一の名作の陰には
百の凡作があり
更にその裏には
日の目を見ることなき
千の駄作がある

そのうちの二つや三つが
たまたま目に触れたからといって
何をいきり立つ必要が有ろうか

十の駄作を貶す間に
一の良作で満たされておけば良いものを

投稿者 haniwa : 01:38 | コメント (0) | トラックバック

鏡を眺め思ふ

下らぬものを貶すは容易い
佳いものを褒めるは難しい

悪口は瞎でも言える
たまに目を開けば汚れたものしか見えぬ

澄んだものを見分けるには
目が澄んでいなければならない

己が目の曇りに気付かぬ批評家ほど
哀れなものはない

投稿者 haniwa : 01:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月16日

春望、そして絶句

日本はフランスなんかと違って体裁だけじゃなく本当に自由の国だから、
「幾ら相手が傍若無人でも中国とは仲良くしたい」
「こちらが頭を下げてでも中国とは仲良くしたい」
そう思う人がいたって、それは構わない。
この国の中でどう生きたいかは自由だ。

同じ日本人の中でも、大東亜戦争をどう評価するのかについては色んな考え方があろうし、その根っこに各々の思想・主義主張が込められていたりする事もあるだろうけれど、それ自体は別に構わない。
過去をどう評価するかは自由だ。

しかし、今度ばかりは向こうの屁理屈など問答無用で突っぱねるべきだ。
何故なら今回の暴動は、一義的には中国共産党の支配力低下による治安・人心荒廃という中国の内政問題であり、また同時に日本にとっては安全保障上の問題になるからだ。

これは歴史認識がどうとか、そういった学術的問題では全くない。
中国という国をどう捉えるか、自由をどう考えるか、そんな思想の問題でもない。

今回の暴動に絡む一連の事件は、れっきとしたテロであり、或る部分では白色テロであり、日本と日本人の生命・財産を侵害する犯罪行為である。

中国国民にいかな主義・主張があろうとも、また、中国とは事を構えたくないと願う日本人(或いは日本人のような人達)がどれだけいようとも、テロを受けて「反省」などするべきではない。

「十三億人民が暴れれば、小日本など何時でも言う事を聞く」

日本が引けば相手は確実にそう考えるし、世界もそう受け止める。
なんせ日本には、かつて政治判断でテロリストを「輸出」した前科がある。

だから今度ばかりは、親中派だろうが嫌中派だろうが、主義主張に関わらず彼らの要求は突っぱねるべきだ。
歴史認識を異にする人々も、仮令心情的に中国人民の味方をしたい処があったとしても、我慢して要求を突っぱねるべきだ。

繰り返すがこれは日本の安全保障問題であって、歴史問題ではない。
「歴史問題なんてそもそも存在するのかどうか」といった議論すらも、ここでは本筋でない。
主義主張など関係無いと言ってしまっても良い。

日本がいつまでも中韓に集られる国となるのか、或いは非暴力不服従の矜持を守り抜く国となるのか。
「国破れて山河あり」というが、国破れた後、その山河を我々が望めるという保証は何処にも無いのだ。

投稿者 haniwa : 00:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月25日

福岡ドーム

「気に食わないので、これからも福岡ダイエーホークスと呼んでやる宣言」をしたワタクシですが、福岡ドームは誰が何と言おうと「福岡ドーム」であるという事も述べておきましょう。
もちろん略称も「福岡ドーム」。
OK?

ソフトバンクは孫正義が電波関係でコケて落ち目のようだが、最近話題(だけは)豊富なライブドアもライブドアで大変そうやねぇ。
でも、一番大変なのはあの手の連中と関わってしまった企業やサービス。
下は何処ぞで見つけたコピペだが・・・

球界参入→失敗
球団買収→失敗
競馬参入→失敗 高知競馬はもうだめぽ
Lindows→売れない
Skype→Buffaloが持っていった
LindowsCD→KNOPPIXの方がええ
TurboLinux→Fedoraの方が結構使っている人多い
blog→利益出ない
auction→ヤフーに到底及ばない
phoenix→イエローキャブの余りもんでババ引いた
したらば→メンテナンス
宇宙計画→やる気無し
エロゲー→めいどさんしぃしぃが代表作品。
デジタルマガジンメーカー→売れない
Opera→FireFoxの方がメジャーになりつつある
リサイクル→やってる事は社内リサイクル
SIP PHONE→過去の遺物
ぽすれん→TSUTAYAの方が便利
地銀か信金のオンラインシステム→LivedoorFXみたいにトラブルメーカーになるの??
グルメ→東京限定なんで使えん
旅行→旅の窓口を取った楽天の勝ち
ライブドア・ニュース→自社の株関係以外の記事を書けない専属記者多数
ライブドア・ベースボール→一日限り素人同士でキャッチボール
特別仕様のPC等やグッズの販売→大抵限定50個
自著の本→バカさ加減が売れている
テレビレギュラー→さっさと降板させられる
自作の焼豚が売れている
掲示板→したらばを買ったが目立たない
本の販売→品物の到着が遅い上に対応悪い。Amazonの方が便利

・・・「あの法則」かよ。(w

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月27日

ホークス

気に食わないので、これからも福岡ダイエーホークスと呼んでやるテスト。
略称は「ダイエー」。

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2004年10月02日

そんなにアメリカが悪いのか?

「証明することができなくとも、確信されたり説得したりする」

まるで、「大量破壊兵器なんて無いのに有ると強弁してイラクに攻め込んだアメリカ」を表す言葉のようだ、と思っただろうか。

─言葉の意味はさておき、ここ数ヶ月ずっと気になっているのは、「証明などされなくても、イラク戦争の悪役はアメリカであったと確信されたり説得されたりする」事が多いな、ということだ。
「アメリカのイラク戦争は間違っていた」が既成事実として、掘り下げられることなく他の議論の枕に使われている様が、どうにも違和感だらけで据わりが悪い。
ホントにそれでいいのかおまいら、と思う。

こうした事がまかり通る原因として、やはり分かりやすいのは、「隠し持っているとされた大量破壊兵器が見つからなかった」からだろう。
やっぱアメリカは嘘吐いてたのか、国際社会を騙してたのか、と思われても仕方ない。
・・・と、思ってしまうのが早計なのだ。

恐らく米政権内部の人間殆どが間違っていたと言って良いのは、「サダム・フセインは即座に使用可能な大量破壊兵器を大量に備蓄しているに違いない」と認識していた点。
これについては、相手の現有戦力を過大評価したという戦術的問題であり、それが仮に正当な評価を下していたからといって「戦争を回避できた」とは限らないところに注意が必要だろう。

フセイン政権の元で大量破壊兵器が開発されていたのは分かっていた事だし、実際に使用してジェノサイドをやった過去があるのも事実だ。
アメリカを批判したいばかりにイラクを擁護する論者の中には、この辺の事実関係をスッパリ忘れてしまった無茶な人も時々見かけるが、イラクには大量破壊兵器の廃棄だけでなく、その証明も義務づけられていた。

(余談だが、この手の地域紛争下で大量虐殺が起こった際に、それが明らかに特定民族・種族を標的にした無差別殺戮行為であっても、なかなか公式に「民族浄化(Ethnic Cleansing)」という表現がされないのは、こう表現すると国際法上、各国に介入の義務が発生するからなんだそうだ。又聞きでソースはないし、この手の国際法には疎いので以下は捨て置くが、これが事実ならば、よく槍玉に挙げられる「世界の警察・アメリカ」の「御節介」こそが現状では最も世界平和の理想に近いというのは皮肉だ)

「作ってません」「持ってません」「あったものは捨てました」を、実行した上で証明するところまでが義務だったのである。
そして、イラクはその約束を果たさなかった。
モノが無かったんだから間違ってたのはアメリカだ、というのは短絡だ。

開戦前、アメリカの参戦に反対している人々の論拠は「イラクに大量破壊兵器なんか無いに決まっている、アメリカは言いがかりを付けているに過ぎない」などというものでは無かった。
そういう意見もアメリカ国内に一部あるにはあったが、一方で「開戦すれば(大量破壊兵器によって)甚大な人的被害が発生する(だから派兵には反対だ)」という主張もあり、これでは戦争反対の理由としては破綻している。

主な論点は、「もっと国連主導の査察を続ければ問題は解決できる、武力行使は時期尚早だ」というものであった。
「それって、結局はアメリカの国力にオンブにダッコでなきゃ実現不可能なんじゃないのか」というツッコミを除けば、この反戦論は一定の説得力を持っていた。
ところが、反対派の主張は前述の通り一貫性が無く、また一枚岩でもなかった。

ということは要するに、あの時点では誰も真実について知らなかったのである。
それは即ち、そのまま何もしなければ―というよりサダム・フセインが実権を握っている限り、イラクの約束が果たされないままアメリカの安全保障コストが嵩み続けることを意味している。

アメリカの軍事的庇護の元で続けられてきたイラクへの経済制裁と国連の査察が、これは長くなりそうなので別掲するが、ロシアやフランスの利権のため引き延ばし続けられ、またこれも恐らく別掲を要するが、国連自身が「石油・食料交換プログラム」に絡む不正問題を抱えているといった事情は、アメリカを大いに失望させ、安全保障上大いに問題であると認識させただろう事は間違いない。
(これらの問題は現在も国連内部で調査中のはずであるが、日本ではもう半年以上音沙汰がない。そして最近、事務総長殿は唐突にイラク戦争を国際法違反と決めつける発言をして物議を醸したが、たまたま思いついたタイミングではあるまい)

ブッシュ政権や流行語のように連呼されていた「ネオコン」(※ネオ・コンサバティブ=新保守主義)の独断専行が気に入らないから国連を擁護するという人は多くいても、イラクが善玉に違いないなんて思ってる人はアメリカにも日本にもヨーロッパにも殆どいなかったはずなのだ。
いざアメリカが「過大評価だったかも・・・」と言い出したところで「けっ、やっぱりな」なんて言える人は、当時の開戦賛成派にも反対派にも、そういるはずはない。

事実、そのモノ自体に関しても「実用性のある兵器は見つからなかった」とか「差し迫った脅威とは言えなかった」って事で論点がどんどんすり替わっているが、じゃあと開戦から今までの事実関係を追っていくと、「ちょっと使えそうにはない状態だけど物騒なモノ」はゴロゴロ見つかっている。
杜撰に放置されたイエローケーキの容器を水タンク代わりに使用して住民が被爆したとか、腐食してて使い物にならなかったけど毒ガス弾を発掘したとか、作業に当たっていた兵士が負傷したとか、その手の話は結構出てたはずである。

不思議なことに、これは当時の報道の様子などを追っていくと分かるが、それらの兵器の危険性を過大に評価しようとするのはいつもマスコミ側で、政府や軍などはむしろ「いや、そんな大したもんじゃないっス」と慎重に評価し、沈静化に努めているのが見て取れたりする。

話がそれた。

つまり、アメリカの何が間違っていたのか、というかアメリカは何か悪いことをしたのか、というのが正直な感想なのだ。

(゜Д゜)ハァ?と思ってる人がいるやも知れんが、事実関係と当初からの取り組みを具に見ていくと、「イラク戦争に関して」態度がブレまくっているのはアメリカよりも反アメリカ陣営の方に思える。

リチャード・パールとデビッド・フラム共著による"An End to Evil: How to Win the War on Terror"の中で、彼らは忌々しげにこう語っている。

『ところが、イラク戦争への反対一つとっても、彼らの主張は矛盾に満ちていた。曰く―自分より圧倒的に弱い国に手を出すのは卑怯だ。しかし今乗り込めば米軍が3000人の死傷者を出す大惨事を招くかもしれない。フセイン元大統領が大量破壊兵器を保持していた証拠はない。しかし攻撃を受けた彼は大規模な殺戮行為に走るかもしれない。イラク政府とテロ組織との繋がりは立証されていない。しかし政権打倒の過程で兵器がテロリストの手に渡るかもしれない。差し迫った危機であるイランや北朝鮮問題こそを解決すべきなのに、これらの「ならず者国家」に対する強硬姿勢には賛成できない・・・こうした批判を繰り広げてきた者たちがいる』

『彼らは、戦闘の泥沼化という予測が外れたと思えば、米国は戦いに勝利したが全国的に略奪がはびこり、国立博物館が荒らされ、盗賊が病院の装備を剥ぎ取り、電力が止まって、下水がユーフラテス川に流れ込んでいると強調した』

まるっきり鵜呑みにするわけにはいかない主張だが、ここから浮かび上がってくるのは反ブッシュ陣営(或いは反戦派を自称する人々)が、安全保障上の問題に対して何ら有効な回答を示せていなかったという事実である。

ブッシュは最初から、「イラクの石油利権が欲しいから戦争します」なんて言ってはいない。(当たり前だ
一貫して問題にしているのは安全保障問題であり、少なくともその点に関してはブッシュは嘘を吐いていないし、発言も政策も首尾一貫している。
いわゆるネオコンの連中だって、日本ではイメージ先行で批判されているが、実のところ今回の戦争について彼らの青写真と推移予測は、そう大きく的を外していなかったりする。

一方で所謂反ブッシュ陣営は、たとえばベトナム戦争と同じく泥沼に陥るに違いないと断言してみたり、補給線が延び過ぎているからバグダッドでは長期的苦戦を強いられるに違いないと言ってみたり、要するに理由は何でもブッシュのやることに難癖つけられればそれで良い感がありありと滲み出ているのだ。

そんなこんなで、当時から御為ごかしとしか思えなかった「平和」の御旗も、名前に「ピース」と付いたNGOにロクなのが見あたらないのと同じく、不正や賄賂の陰を覆い隠すための布切れに成り下がった感が拭えない。
軍事や政治に無知な者が平和を口にすると、かえって大きな犠牲を生むという見本のようなケースになってしまったようでもある。


やや長い上に散漫な文になってしまった。
時間があれば、大統領選の前後にでも再度触れてみることにしよう。
日本は日本で重要な安全保障上の問題が転がっているわけで。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2004年08月27日

わたしのきらいなもの

何だか最近調子が外れているというか、噛み合わせが悪いというか、体調が優れないというか、笑顔に自信がないというか、怠さに拍車がかかっているというか、つまりはそんな案配なので些か困っておった処が佳く々々考えてみるに、これは軽度の鬱ではないのかと。
そう云えば、この所気が付けばネガティブ思考である。
後ろ向きである。
ペシミストである。

はてどうしたものか、このまま引き籠もっちまうか、等と又後ろ向きな事を考えていたら、天の啓示が。

『どうせ後ろ向きなら、自分で厭になるほど徹底して後ろ向きな思考をしてみなさい』

ぉお、逆転の発想。
無理してポジティブシンキングを試みて失敗し落ち込んでしまうより、自然にネガティブシンキングを重ねてその馬鹿馬鹿しさに気付くのを待ち立ち直るという方法。
これはいけるかも知れない。
飽きるほど馬鹿なことを考えれば、そのうち本当に飽きるやもしれん。
飽きなくたって、それはそれ元々後ろ向きなのだから変わりはしない。
うむ、やってみよう。

・・・と、いうような事を思いついたこと自体が後ろ向きというよりギャグであるし、ある意味ポジティブというか脳天気でもあるな、という事に気付いたのは3分ほど前の事であった。
やっぱ俺、鬱病なんかじゃねぇわ。

折角だから赤い扉を選ぶぜ!
という事で、もしかして本当に鬱病だったらアレなので、実際に思考実験をしてみることにした。
まずは、自分や世の中の嫌いなものを節操なく列挙していくという、極めて後ろ向きかつ非生産的な思考を試行してみる。(ぷ

名付けて、「王様の耳はロバの耳療法」。
つっこむな。

【こんな自分が嫌い】
・集中力がない。居眠りなんて日常茶飯事。
・持久力がない。短距離以外は全てがマラソン。
・応用力がない。こうすれば良かったと後悔すること多し。
・愛想がない。心で笑ってても顔に出ないらしい。
・センスがない。何度絶望したことか。
・要領が悪い。最も非効率な方法ばかり選ぶ才能。
・ノリが悪い。コレでムカつかれることもあるらしい。
・ルックスが悪い。気にするなったって、あーた。
・頭も悪い。きっと脳味噌に何か入れること自体が苦痛。
・極めて不器用。タイピングゲームは一面でゲームオーバー。
・比較的不健康。癌と糖尿と高血圧の遺伝子を受け継いでます。

【こんな人は嫌い】
・不潔な人。トイレで手洗わないなんて論外。
・頭の悪い人。そんな人ほど人を馬鹿にする。
・自己中心的な人。周りの人もヒトなんです。
・異性にだらしない人。信用できない。
・人を食い物にする人。ヤクザとかマスコミとか。
・公私混同の激しい人。一緒にいて恥ずかしい。
・見下した態度を取る人。嫌ってるのか無礼なだけか無知なのか。
・身の程知らずな人。プライドは実力と実績と信頼の上に成るものです。

【こんな世の中が嫌い】
・人の迷惑を顧みるべし。難しい事じゃない、ただ歩き煙草を止めれば良い。
・事実や数字に即して物事を考えず、願望や憶測で議論を進めるのは遊戯なのか。
・人のすることを理解しようとする前に非難する、最近の風潮は如何なものか。
・官僚とか政治家とか、ステロタイプな悪者を腐して満足してしまう人々は何がしたいのか。
・少年犯罪など悪いと判ってる事でも、とりあえず相対化しようとするのはお為ごかしじゃないのか。
・国家や自分の属するものを悪く云い、対立組織に阿ることは高尚でもなんでもない。
・馬鹿馬鹿という馬鹿は、己の馬鹿を知らぬ馬鹿。
・どんな馬鹿でも、あらを探したり、難癖をつけたり、 苦情を言うことはできる。そして、大抵の馬鹿がそれをやる。

・・・んー。
書き並べてみると、意外にたいしたこと無いなー、と。
もっともっと黒いモン抱えているのかと思ってたけど、所詮この程度なんだな、人の持つ不満なんてのは。

うん、ちょっと立ち直れそう。

投稿者 haniwa : 23:59 | コメント (1) | トラックバック

2004年07月30日

九州の片隅で鬱々と呟く

ゲンダイネットが寒流・・・いやいや、乾溜・・・もとい。
韓流を批判して見せたのには、ちょっとだけ驚かされた。
小泉首相に利用された途端、腹が立ったらしい。(w
まあ、分かり易いっちゃ分かり易いなあ。
でも、いいの?( ̄ー ̄)

さて、そんなバブル崩壊寸前のどうでもいいニュースはさておき。

サッカーばかりではなく、プロ野球の方もアツい事になってる。
熱する必要のない所が、だ。

こればかりはもう理屈抜きで主張させて貰うが、ロッテホークスなんてな言語道断ですぜ。

そりゃ合併した方が球界全体にとってプラスになる事が多いのは事実だろう。
ZAKZAKの記事にあるような皮算用も、ある部分では成立するだろう。
戦力の均衡ってのも、巨人偏重の金回り是正も大事だ。

が、これでは要するに俺ら福岡のファンは・・・というか九州人は、売られたんだという感覚を否めない。
金のために、組織の都合のために、数あわせのために、韓国に売られたんだという憤りを感じる。
今の話の流れはそういう流れだ。

イ・スンヨプを目玉にして韓国人を本拠地福岡へ大量動員する、などという皮算用にもゾッとする。
福岡を韓国人の街にしてしまうつもりか?
もしかして、最近唐突に小泉首相が漏らした韓国人観光客へのビザ免除問題も、この辺りの利権が連動してるんじゃないかと勘ぐってしまう。
半分冗談で書いてるが、それでも大方当たりのような気がしてならない。
そんな事だから、九州は鎖国しろだの関門海峡を封鎖しろだの散々なこと言われるんだよ本州人に。

俺はホークスの選手が好きだし王さんが好きだし、そんなホークスが福岡を愛してくれているから、特に野球キチではないけれども、いつもホークスを応援している。

だけど、ハッキリ言っておく。
ホークスがロッテなんかの傘下に入るようなら、俺はファンをやめる。
つーかプロ野球自体見ねぇ。
野球関連では鐚一文使わないようにするだろう。
戦力アップとか、そんな話じゃないんだよプロスポーツってのは。

投稿者 haniwa : 00:12 | コメント (0) | トラックバック

2004年07月29日

熱気×湿気×狂気

ちょっとどころじゃなく暑い日が続いている。
こりゃもう、日本が亜熱帯気候に分類される日もそう遠くはあるめぇ。

日差しも既に、眩しいと言うよりは痛い。
最近とんと話を聞かなくなったが、オゾン層などとっくにヤバい状態なのではないか。
ヤバ過ぎて情報が隠蔽されているなんつーことになっとるのでは、と勘繰りたくもなるが、きっと探せば普通にデータ転がってたりするんだろうから捨て置く。
多分この辺とか読めば分かるような気がする。

さて、このクソ暑いのにも関わらず、舞倒れんばかりに直射日光下を走り回る過酷なスポーツ、サッカーのことを語ろう。

とはいっても、競技そのものに関してはずぶの素人である為、技術的な話やら戦力分析やらをどうのこうの言うことはできない。
サッカーの話と言うよりは、サッカーをする環境の話である。

つい最近、中国は重慶にて行われた試合で、日本選手やサポーター達が、中国人観客達の政治的動機をもつ暴動行為によって、身命の危険に晒されるという事件が起きた。

中国人達は日本軍の重慶爆撃という歴史にかこつけて、試合の相手でもないのに日本へブーイングを浴びせるためだけにスタジアムへ集合し、日本国国歌の演奏から試合終了後に至るまで、ありとあらゆる手段でもって日本選手へ侮辱の限りを尽くした。

当然日本側は抗議することになったが、当事者であった観客達にも運営側にも全く反省の弁が見られないという現状もまた、当然のように予測された推移であった。
恐らく(対外イメージの低下を気にして、日本へ向けた何らかの政治的リップサービスは出されるだろうものの)彼らに自浄能力はあるまいし、スポーツという至上に平和的な手段によるコミュニケーション(「高度に文化的な闘争」と言い換えてもよい)を以てしても事態の好転が見込めないほど相互理解の前段階から状況が崩壊している以上、今後も当分事態の好転は見込めまいとする予測もまた、当然の帰結である。

ここで俺は何も、今更言われなくても分かり切っている(そして既にどうしようもない)中国人達の反日感情について一頻り愚痴を述べたいわけではない。

問題は今後のことだ。
彼らの感情も行動もここまで明らかだし、今後の状況予測もできる。
だったら、取り得る対策の限界も分かっているだろう。

何故引き上げないのだ?

特定国の観客が開催国の観客によって危険に晒されるという、最悪の事態が既に起こったのだ。
もう、国際親善がどうのsportsmanshipがどうのという段階は彼方にぶっ飛んでしまったのではないか。
それとも、今後暫く選手や観客が一方的な攻撃に晒されても、それは何かの為に我慢し続けるというのか。
一体何の為にだ。

2008年には、北京でオリンピックをやることになっている。
本当に出来るのか。
ソウルオリンピックの時のような、いや、あれ以上の醜態と悲劇が世界中のブラウン管に映し出されることになるだけなのではないか。

同じように、2010年には南アフリカでワールドカップサッカーが開かれることになっている。
だが、南アフリカといえば治安が世界最悪とも言われる殺人天国で、ヨハネスブルグでは道端で当たり前のように死体が転がっている状況だという。
つい最近も、その肝心のサッカーで殺人事件が起こったばかりだ。
日本が平和すぎるのだといえばそれまでだが、ちょっと俄には信じがたいし、何よりそんな国へは行きたくない。
スポーツ選手達も行かせたくない。
これは至極当然の感想だと思う。

オリンピックにしろワールドカップにしろ、綺麗事とはいえ平和の祭典などという枕詞を使うのであれば、それに相応しい開催地を選んで欲しいものだ。
厳重な警備もいいが、コンクリートの壁と金属探知器と夥しい銃器、そして一堂に会した全ての人間がお互いに疑い罵り合う心の壁に守られた平和の祭典など、イラク戦争に反対してみせたフランスの口より嘘臭い。

中国など、反日でようやっと纏まっている危うい国、というだけではない。
台湾が独立の動きを見せれば武力制圧すると公言している国なのであり、チベットでは民族浄化を堂々と行っている国なのであり、科学技術の発展を誇示するためなら自国民の居住地や他国の領土にロケットが墜落しようが顧みない国なのである。

スポーツ大会さえ行われれば、そこが無条件で平和になるなどという夢を見ているのではないか。
そうでなければ、商業第一主義のゴーグルが曇っているのに違いない。

投稿者 haniwa : 22:25 | コメント (0) | トラックバック

2004年07月14日

マナー

人力検索サイトはてなで、食事時のマナーについて面白い質問をしている人がいた。
回答はおおむね、「確かにマナーかもしれないけど、客に対してそのような物言いは不適当」というものが多かったようだが、少し違うのではないかと思ったので私見をメモしておく。

1.まず、これはマナーなのかどうか、という点。
結論から言えば、これは、「マナー」であると言えるだろう。
所謂「ながら」で済まそうという態度は、食事に限らず社会生活上のあらゆる場面で、場面を共にする人々に対して無礼に当たる。
トンカツ屋の食堂といえど公共の場であり、かつ他人の家屋でもある場所に於いて、「私の食事なのだから何をしながらでも私の勝手、他の人は黙っていなさい」というのは、居合わせる他人に対してまるで、私はアナタ方を只の柱か椅子が転がっているのと同程度に捉えていますよ、という態度を露骨に示しているに等しいわけであって、甚だしく無礼であるといえるだろう。
まして、礼儀にうるさい料理人であれば屈辱は計り知れない。

2.外食時に、或いは客に向かってそのような指摘をするのが妥当か否か、という点。
これについても、指摘は正当であるといえる。
まず、最近の風潮として客(消費者)は常に優位であるというような誤解が罷り通っているが、そもそも客は対価を支払って、食事なりサービスなりを「提供して頂く」立場なのであり、本来へりくだってお願いすべき「他人」なのだから、食事のマナーにあたっては、むしろ家庭に於いて躾られたよりも厳格に気を遣うべきケースであるといえよう。
だから、言ってしまえば「親でもない人にそういうことを言われるのはおかしい」という見方がおかしい、ということになる。

3.では、具体的にどういう弊害があるのか、という点。
これは、単に「マナーである」と言われても納得できない人には気になる点だと思うが、いわゆる「ながら」で食事をする人は、食卓をよく汚すということが挙げられる。
ソースを取りこぼしたり、食べかすを散らかしたり、或いはあまりに時間を掛けすぎて他の客や店に迷惑だったりと、想像してみれば色々な弊害がある。
「自分の本が汚れるくらい、店には関係ないのだからいいじゃないか」という見方は、自己中心的に過ぎるといわなければならない。

まあ、長々と理屈を付けては見たが、こんなもの自分の家で赤の他人が行儀悪くポテトチップスを食べ散らかしている様を想像すれば容易に分かることだと思うのだが、残念ながら世の趨勢はそうではないようで・・・

投稿者 haniwa : 04:06 | コメント (0) | トラックバック